夜も耽った頃のUTAU荘。ほとんどの住民は既に寝静まり、共有スペースに起きているのは、一部の大人やアンドロイドくらいのものである。 ―――――――――――――― いつもならば、天音モノもこの時間は姉と共に寝ている筈なのだが。(もとは夜行性とはいえ、UTAU荘の住民の活動時間は昼が多い) ……今夜は、新月だ。モノは自分の夜だと知っていた。 新月の夜はバルコニーに出て夜風に身を浸すのがモノの習慣だ。 無心で、少しだけ駆け足でバルコニーに向かっていった。 勿論今は夜中なので、ほとんどの住民は眠っている。 まだ起きている一部の住民は、共有スペースで談笑している。……尤も、三階からは、いくら耳の良いモノにも微かにしか聞き取れないほどの音量だが。 つまり、本来ならこの時間にバルコニーにいる人物はいない筈なのである。(それはモノ自身もあてはまるのだが) けれどモノの視線の先には先客が佇んでいる。 夜の空と同じような漆黒のショートヘア。夏に向かっているとはいえまだ少し肌寒いからか、薄手のパーカを羽織っている。 モノはそこにいる人物が誰なのか、直感で気づいた。当然のことだ。今日の昼も自分の姉と共にデュエットをしていた相手……星歌ユズ。 いつも薄い微笑みを仮面にして貼り付け、本心を微塵にもみせない自分よりも年下の少年。 憎い相手ではあるが、苦手な相手である事もモノには否定できない。 今日は、帰ろうかと思い、モノは踵を返そうとした。けれど。 その時ようやく、モノは違和感に気付いた。 目の前にいるのは、確かに意地の悪い少年と同じ姿をしている。けれど、いつものような壁は、感じなかった。 モノは妖怪だ。他人の感情や挙動には敏感だ。それこそ、姉のルナよりも。 だから、違和感を拭えなかった。いつもと違う、と思って、興味を示してしまった。 目の前にいる人は、先程から姿勢をほとんど変えることなく空を見上げている。 新月の夜には、星が良く見えるから……。 そしてその人は、突然歌を歌い始める。 その声を聴き、モノは確信した。 目の前にいるのは、自分の知らない『誰か』だと。 『彼女』が歌っていたのは、昼のデュエット。確か、アフタークライシスを描いた曲だったと思い出す。 思わず聞き入っていたらしく、モノは自分でも驚く。 そしてそのままの勢いで小さく拍手を。 「……誰っ……?」 『彼女』は、小動物のように肩を震わせ後ろを向いた。 「……」 モノは何と答えるべきか分からず、困惑したまま沈黙する。同時に、安易な行動に出たことを反省する。 「『彼』の……お友達?」 ユズの姿をした少女は、モノの沈黙を別に捉えたのだろう。『彼』とは、おそらくいつものユズの事。 「……だったら、私邪魔だね。……待ってて、今、代わるから……」 困ったように微笑んで、目を閉じようとする。 「待って」 「……え?」 突然のモノの静止に、少女は慌てて閉じかけた目を開く。 「君は、誰?」 先程からの疑問をモノはぶつける。 少女は楽しそうに微笑み、言った。 「私も『彼』と同じ。」星歌ユズだよ」 こうしてモノは、UTAU荘の中でも一部の者しか知らない、ユズのもう一つの面を知る事になった。