もうひとつのコワイ童話  〜 七人のいけない小人たち 〜 第7章 小百合と小さ子  お姫さまの、物凄い時間がやっと終わった。  おらは、白いウエディング・ドレスの胸を撫で下ろした。それから、汗の吹き出すような顔を両手で拭った。辛い塩味がした。  自分の汗だけではなかった。  さっきまで、姫の脇の下にいて、つぎつぎとにじみ出てくる汗を舐めていたから。  村を出てくる時に、「東京ってところは、恐ろしいところだぞ」と、とうちゃんに注意された。  本当だった。  でも、あの世知に長けているとうちゃんでも、娘が、まさか巨大なおんなっこの、おもちゃにされているとは、想像もしていないだろう。  お姫さまの長い長い足が、ベージュのベッド・カバーのうえにのびていく。ずずんと、前庭が揺れた。  誰かがいっったように、二機の飛行機の、胴体着陸だった。  ナオミさんの手が、さっきから、おらの胸元を撫で擦っている。  おらは、膝に小さ子さんを抱いてやっていた。  小人にされたおらたちの中でも、さらに小さい。五、六歳の女の子ぐらいの背丈しかなかった。  お姫さまに言わせると、「ちょっとしたまちがい」ということだった。本当に「ちょっとしたこと」でも、ころころと転がってしまう。  顔立ちは、少女のようにも人妻のようにも見えた。年齢不詳だった。本名も名乗ったことはない。みんなも聞かなかった。  しかし、この体で「七人の小人たち」の最古参なのだ。余程、強運の人に違いなかった。  眉の上で、まっすぐに切り揃えられた前髪が、日本人形のようだった。切れ長で、鋭い目付きをしていた。黒い瞳が大きくて、ほとんど白目が分からないぐらいだった。  黒地に、赤い林檎の果実の柄の着物。  それに黄色い帯という格好が、さらに古風な印象を強めていた。  この髪は、おらがカットしている。  おらは、美容師を養成する専門学校の二年生だった。  他のメンバーの髪も全部、おらが世話している。  教室の一角に、おらは、かなり近代的な設備の整った「バーバー小百合」という店を持っていた。  須美子さんがおらの腕を認めて、お姫さまに頼んでくれたものだった。  東京で、ささやかでも自分の美容室を持つという夢が、こんな不思議な形で、実現していた。運命というのは、分からないものだった。おらは、もしかしたら満足するべきなのだろうか。  がががががっ。  お姫さまのいびきは、工事現場のような物凄さだった。  また。しばらく時間がたった。 「さあ、そろそろ良いでしょうね」  須美子さんが、手をたたいた。 「姫は、満足されたようだわ。静かに、校舎に入りましょう」  校舎は、本物の小学校の建物だった。木造、平屋建て。築四十年は立っているだろう。ここで学んだ、子供たちの落書付きだった。  須美子さんは、過疎の村の廃校を縮小して、運んできたものではないかと、推理していた。友美さんは、地方の村の校舎の消失という不思議なニュースを、どこかで見たことがあると言っていた。  その薄暗い玄関の前に立っている。  左脇の柱には、白いノートの切れ端が、張られていた。横にラインが入っているのでそれと分かる。  お姫さまの字で「小女子小学校」と鉛筆で大きく書かれていた。「こおなご」と読むのだという。お姫さま的な黒いユーモアのセンスがあった。  ここまで来ると、心からほっとする。今日は、幸いにも一人のメンバーも欠けることがなかった。  下駄箱に、それぞれの靴を脱いだ。何百足ものコレクションがある。サイズも種類も色も様々な靴があった。靴屋の店内のようだった。  お姫さまの着せ替え遊びの、重要なアイテムだった。  おらも、白いかわいいリボンの付いたヒールをドレスの下に履いていた。  だが、こういう花嫁姿を、故郷のとうちゃんに、見せられる日はたぶん来ないだろう。それを考えると涙が出てくる。親不孝な娘になってしまった。  外では、静かな小さ子さんは、ここに来ると元気になる。  木のぽっくりを脱ぐと、白い足袋で、黒光りするような廊下を飛ぶように走っていく。何十年間も、子供達が雑巾掛けをして磨いた板は、鏡のように光って小さな白い足だけを映していた。   座敷わらしのように可愛らしい。妖精のような後姿だった。 「しばらくは、それぞれの教室で、ゆっくりしましょう。お風呂に入りたい人は、入っていいわよ」  この校舎には、須美子さんの言うように、風呂まである。自家発電で、電気が通っていた。器材はお姫さまが、すべて調達してくれた。  姫の助けを借りて、工事をした。みんないろんな知識があって、手先も器用だった。  各部屋の入り口には、学年とクラスを示す小さな木の板が、まだ使われていた。  六年生の教室を寝室としていた。姫のベッドに向いた側だ。   六年一組は、須美子さんと友美さん。  二組は、おら小百合とナオミさん。  三組が、サキさんとちひろさん。  小さ子さんは、それぞれの部屋を泊り歩いている。  廊下を挟んで、姫のベッドとは反対側が、五年生のクラスだった。  五年一組が、集会室兼食堂。  二組が、衣裳部屋。  何百着もの服が、二十四の洋服ダンスに、整然と整理されている。  生きている着せ替え人形を持つというのは、女の子の夢だろう。お姫さまは、それを現実としているわけだ。  三組に、おらの店「バーバー小百合」があった。     おらたちにとっては、申し分なく広い校舎だった。  もちろん、不便なこともある。  たとえば、お姫さまが、タバコの煙が嫌いなので、全面禁煙である。これは、愛煙家の須美子さんにとっては、かなり厳しい制限らしい。  おらたちにとっては、六年生のどの窓からも、お姫さまの姿が丸見えなのが、どうしても気持ちを落ち着かなくさせていた。  今も、正面にはその巨大な女性性器が、堂々と丸見えだった。  ガラスが、透明なのだ。  須美子さんは、曇りガラスを要求したが、だめだった。  お姫さまは、おらたちの生活を、外からのぞくのが大好きなのだった。  たまに、巨大な顔が窓いっぱいになっていて、大きな瞳に驚かされることがあった。  お姫さまは、あれほど大きいのに、足音と気配を消して、静かに接近してくるのだった。  普段は、カーテンもない。  しかし、今日は窓の半分をピンクの生地が覆っていた。お姫さまの、垂れ下った下着の一部分だった。    窓を締め切っているのに、そのいびきが校舎の薄いガラスを、びりびりと振動させていた。  自分のベッドの上でぼんやりしていると、小さ子さんが、おらの膝のうえに上ってきた。   黒髪の下の、大きな切れ長の瞳が、星を宿したようにきらきらとしている。 「小百合。今日ね。また見た」 「何をだね」  おらの胸がどきどきした。 「姫様の、足の小指の爪を磨いていたとき。女の人の顔が映った。きれいな人だった。血塗れだったけど。悲しそうだった」  おらの胸が、ぶるんと震えた。小さ子さんには、見えないものを見る力があるのだ。巫女さんのような人だった。  ナオミさんは、またかというような顔をして、相手にしなかった。身体の小さい「小さ子さん」が、自己顕示欲のために、虚言を吐いているというのが彼女の解釈だった。  しかし、おらは小さ子さんが、お姫さまの行動を、誰よりも早く正確に予知するのを何回も見てきた。まるで、心が読めるようだった。  美しい血塗れの顔って、だれなのだろうか。過去の顔か、未来の顔か。  ナオミさんが震えるおらを、ウエディングドレスの上から、背中から手を回して抱き締めてくれていた。  振り向くと、美しい顔がにこやかに笑っていた。  この人も、美人だった。  それに良い人だった。  時折、お姫さまに食べられたいという話を、何回も繰り返すのが、困った問題だった。 最近は、人食いの話に尾鰭が付いていた。  おらが話したということになってしまっている。しかし、おらは、そんな話をした覚えはない。  すべてが、ナオミさんの想像だった。  小さ子さんは、 「あなたの願いごとは、もうすぐかなうわ」  と、火に油を注ぐような言葉をぽつりといった。  ぺろりと、赤い舌で、赤い唇を舐めている。  おらは、悪寒がするのと、今日の汗と埃を流そうとして、ナオミさんと、小さ子さんを風呂にさそった。  風呂は、校舎の外にあった。  コンクリートの小さな建物がある。  ここが更衣室と、シャワー・ルームだった。トイレも、この中にある。汲み取り式だった。  右半分が、水色で男子用。左半分が女子用で、ピンクのペンキで塗られていた。  おらたちは、両方共に自由に使っている。ここに男子はいないからだ。この建物は、校舎本体と比較して、ずいぶん新しかった。築十年というところか。  更衣室には、洗濯機と乾燥機、それにちょっとしたクリーニング屋さんぐらいの設備があった。責任者は、友美さんだった。  シャワーからは、いつでも温水が迸った。量も温度も自由に調節できた。とても気持ちがいい。これがあるから、お姫さまへの奉仕作業も何とか耐えてゆけるのだ。なかったらと考えるとぞっとする。  この先に風呂がある。  熱帯魚用のガラスの水槽を改造したものである。お湯の量は、全体の三分の一ぐらいしかない。木の梯子を下りて入る。  それでも、小さ子さんは、沈んでしまう。みんなで代わる代わる、膝に抱いていたりする。  他の四人も入っていた。  底には、白くて細かな砂が敷き詰めれている。これは、疲れた足の裏に、とても気持ちが良いものだった。  二十四時間、サーモスタット付きのヒーターが、湯を暖めてくれている。温水プールのようでもあった。  湯は、お姫さまが、汚れないようにと一回に三分の一ぐらいずつ交換してくれている。 中央に、白い石が置かれていた。海水に洗われたように滑らかで、どこにも角がない。おらたちは、単純に島と呼んでいる。  七人が一度に乗って、ゆったりと手足を伸ばせる広さがあった。十人は平気だろう。  石けんで身体を洗うものもいる。湯の量が多いから、たいして汚れる心配もない。  ただ休息するだけの者もいる。  島を波が洗っている。空気ポンプの泡の力は強い。ジェット噴射の水流のようだった。疲れた身体を、揉み解してくれていた。  おらは、そこで顔をぶるんと洗った。快適だった。   姫の姿が、透明な厚いガラスの向こうに見えなければ、もっと気持ちが落ち着くのだが。  室外においてあるので、仕方がない。  姫は、おらたちの入浴シーンを鑑賞しているのが好きだった。  もちろん、お姫さまの部屋には、大きくて豪華な、壁が大理石で、浴槽が桧の風呂が付いている。  おらたちをそっちに連れていって、一緒に入るときもある。  でも、こっちの方がおらは好きだった。  さっきの小さ子さんの言葉をみんなに言って、注意してもらうか、どうしようかと、躊躇っていた。 「お姫さまは、あれでよくお風邪をひかれないわよね」   ナオミさんが、全裸の姿に心配していった。彼女はお姫さま側の、自他共に許す、第一人者だった。 「大丈夫よ、きっと長生きするわ」と、サキさん。 「憎まれっ子、世に憚るって、昔の諺で、言いますものね」  あぶない発言は、ちひろさん。彼女は、小学校で、お姫さまの一学年先輩だったという。大胆な発言で、いつもおらたちをびっくりさせるのだった。  小さ子さんは、須美子さんの青黒い痣のできた脇腹を、ぺろぺろと舐めてやっていた。 こうしてもらうと、痛みが和らぐのだった。不思議な人だった。  おらは、友美さんの汗が絡んだ髪を、シャンプーしてやっていた。  窓辺からの夕日が、お姫さまの肉体を、影絵の赤い山脈のように浮かび上がらせていた。不思議な透明感があった。  長い時が過ぎた。 「姫の。お目覚めよ」  島の上の小さ子さんが、ナオミさんの股間から、濡れた顔を上げた。  十二歳の少女の巨体が、まだ夢を見ているように、ゆっくりと起き上がった。  大きな手が、ロボットのようにぎりぎりと延ばされてきた。  誰かが、悲鳴をあげていた。おらかもしれなかった。お姫さまは、なにかに取り憑かれたような、夢遊病者のような動きをしていた。  思い出した。こういう時が、恐ろしいのだ。 「この中で、いちばん美しい人。今日の犠牲」  小さ子さんが、叫んでいた。みんなはぎょっとして、彼女を見つめた。   (七人のいけない小人たち 第7章 小百合と小さ子 完) (七人のいけない小人たち 完)