もうひとつのコワイ童話  〜 七人のいけない小人たち 〜 第4章 サキ  須美子さんは、姫の手から釈放されたばかりの友美さんを、その胸に強く抱き締めるようにしていた。  二人の愛情の強さが、あたしの胸にも痛いほどにびんびんと伝わってきた。  あたしたちは、いつも死ととなりあわせだ。戦場の兵士だというのが、いつもの討論会の結論だった。  敵は、その名前を口にする必要もない。あいつだった。  今、姫は、ずしんずしんと地響きを立てて、ワインレッドのブルマーを脱いでいらっしゃる。ストリップ・ショーの真っ最中だった。  小学六年生にしては、大きな尻だった。さかりの付いた白い豚の怪物のように、いやらしく淫らだった。  あたしは、姫が大嫌いだった。憎んでいた。  新参のナオミは、真実を何も知らないのだ。  あたしのダチは、こいつに踏み潰されたのだから。虫けらのように。                    *  あいつは、この生地獄からの脱出を切望していた。外の世界に、結婚を誓った恋人がいたから。  ある晩のことだ。姫が階下でのいつもの夕食の時間の後も、長い間、不思議に長い間、部屋に戻って来なかったことがあった。  あたしたちの夕食も、おあずけになっていた。姫がいつも、残飯を運んできてくれるのだった。  ドアが、少し開いていた。カレーライスのうまそうな匂いが、漂ってきていた。あたしたちは、唾を飲み込んでいた。  そこは、あたしたちの体ならば、擦り抜けるのに十分な幅があった。  でも、もう少しチャンスを待とうと相談していた。姫が、いつ帰ってくるか分からないからだ。  危険だった。  しかし、あいつは聞かなかった。 「そんな、万全のチャンスが、いつ来るというのよ」  そう言い残して、須美子さんの制止も聞かずに、校舎の玄関から走りだしていった。前庭を出ていった。  上下とも、黒っぽいジーンズの軽装だった。喪服のように不吉なものに、あたしには見えた。   ベッドの上に軽々と飛び乗った。   そして、ベージュのベッド・カバーの厚い襞を伝わって床に降り立った。ここまでは、あたしたちの、いつも使う下山のルートだった。  何の問題もなかった。  彼女のひきしまった体は、ちょこちょこと小走りにカーペットの上を、テーブルの下を目掛けて、走っていった。  コーヒー用の低いガラスのテーブルが、あたしたちには、透明な駐車場のように見える。  あたしにも、あそこの下から見上げた体験があるのだ。  お皿とコーヒーカップの裏側を、頭上のガラス越しに見るというのは、奇妙なものだった。  二機のUFOが、空中に静止しているような光景だった。  彼女は、猫足の形をした一本の木製の足の裏側に、しなやかな姿態を完全に隠していた。  あたしたちは、巨大な世界の中での友人のちっぽけさに、胸が息苦しくなるような不安感を覚えていた。  ふと、もう二度と、会うことはないような気がしたのを覚えている。  自分も、彼女の後を追おうと考えた。  もう彼女からドアまで、あたしたちの感覚でも、十メートルの距離しかなかった。  その時だ。  ドアが内側に、運命の重い軋み音を立てて、開き始めた。  彼女は、風圧をまともに受けた。  足拭き用のマットの上を、ころころと回転していた。その時、足首を挫いたか何かしたのだろう。立ち上がれなかったから。  ドアに、巨人の少女が、そびえるように立っていた。全裸に近かった。  右手に季節はずれの赤い林檎を齧っていた。   姫は、髪をシャンプーしてきた直後だったろう。ラベンダーの香がした。  大きなバスタオルを頭に当てて、左手でごしごしとこすっていた。さかんに手を動かしている。  長い髪の毛に含まれた多量の水分を、タオルに、吸わせようとしていた。  顔は、完全にバスタオルの中だった。  無造作に、一歩を踏み出してきた。足元は、全く見ていなかった。あたしたちは、悲鳴を上げていた。  素足だった。あいつの体が、その下になって見えなくなった。  そして。  即死だった。と、思う。苦しまなかったことが、せめてもの救いだったかしら。      ぐぎゃあっ。  姫の絶叫は、しばらくの間、あたしたち残りの六人の耳を、ほとんど聞こえない状態にさせるに十分な音量を持っていた。  だから、その時、姫が何といっていたのか、あたしたちには、正確には誰にも分からない。  しかし、片足を上げている姿勢の、口元の動きから、「きたない」と言ったのだと、あたしは思っている。  人間一人の命を奪っておいて、それがあの女の感想だった。  姫は、マットに自分の足の裏を数回激しく擦り付けた。そこをきれいにすると、マットごと二つに折って、部屋から出ていった。  齧りかけの赤い林檎が、カーペットにごろりと、未来の宇宙船のように落ちていた。  後になって、部屋のシャワーの調子が悪かったので、姫が一階で洗髪してきただけだということが分かった。  その後、あたしたちは、脱走劇を黙認したとして、夕食を抜きにされた。誰一人、食欲のあるものなどいなかったけれども。                    *  今、殺人者の少女は、ブルマーを脱ぎおわった。  巨大な凶器である足を、我がもの顔に振り回していた。臭い空気をかき回していた。  風が起こっていた。あたしの短い髪もなぶっていた。  姫は、ブルマーの下に薄いピンクのパンティを履いていた。  光沢のあるシルクだった。  お嬢様なのだ。  あたしは、シルクの下着なんて、東京の大学に進学して、コンビニでバイトした金を貯めるまでは、一度だって履いたことがなかった。  こういう点も、この娘っこが嫌いな理由だった。金持ちなのだ。  はじめから、いけすかない奴だった。  シルクの股間は、陰毛が黒く透けていた。濡れているのだった。  上半身の体操シャツも脱いでいった。  両腕を上げた時には、腋臭が漂ってきた。姫は実に臭い生きものだった。やりきれないほどの雌の臭いを、体のまわりの空気にまで湛えていた。  あたしは、いつも反吐が出そうになるのだった。  スポーツ・ブラを、白く丸い肩から外していった。  ぶるんぶるんと、乳房が揺れていた。  片方だけでも、あたしの何倍もの肉の分量だった。  桃太郎になってしまえば、この桃の中に、すっぽりと入れそうだった。  なんて、いやらしい、たぷんたぷんとしたバストをしているのだろう。  十二歳のクセにさ。  男に揉んでもらいたくて、待ちきれないという風情だった。  剥出しの十代の性欲が膨張して、二匹の肉の怪物となって暴れているようだった。  気分が悪くなる。  あたしは、前庭にぺっと唾を吐いた。    白雪姫の肌は、きみが悪いぐらいに薄く白かった。赤と青の血管が、乳房にも縦横無尽に透けていた。そこの上に、体毛が金色の黴のように密生している。  あたしたちが直接に触れているときの冷たさも、死人の肌のようだった。性格の冷たさが、肌にもにじみ出ているのだった。  パンティ一枚の巨大な姿で、姫は、あたしたちを一人一人、にたりにたりと笑いながら品定めするように見下ろしていた。 「うふふ。みんな可愛いわ」  膝を付いていても、八階建てのビルを見上げているようだった。 「お人形さんみたいよ」  第二幕のオナニー・ショーに使う役者を、選んでいるのだろう。  姫は、両手の親指の方を上になるようにして、巨大な乳房を両側から押していった。  胸の中央に深い谷間の筋が入っていた。あの間に、挟まれたら、平らな、のしイカになってしまうだろう。 「大きなお姉さんと、遊びましょうね」  姫のおっぱいは、あたしがさらわれてきてからの数か月で、みるみるその量感を増してきていた。  女としての成熟の季節を、いち早く迎えているのだった。  悔しいことだった。あたしは、筋肉質で、二十歳になっても、胸だけは、ほとんど煎餅と乾葡萄状態だった。  早熟な娘だった。  指先で、乳首を摘んでひっぱっている。左右に回すようにしている。姫の前戯だった。 やがて、片手の指を二本パンティの中に入れた。巨大な芋虫のような指が蠢いていた。 もうひとつの手で、胸を揉み解すようにして回転させている。    ぐちゅうぐちゅう。  湿った音がしている。 「みんな、可愛い。食べちゃいたいくらいよ」  舌なめずりをしていた。一メートル近い蛭のような物体が、口から出て動いていた。  その光景のあまりのすさまじさに、セーラー服姿のちひろが、ひいっと悲鳴を上げていた。  無理もない。こいつは、本物の中学一年生なのに、恐怖の体験をしているのだから。  「七人の小人たち」の中では、最年少だった。  あたしの筋肉質の太い上腕二等筋にしがみついてきた。  可愛い奴だった。  あいつもそうだった。この子と同じようにして、あたしになついてくれていた。  それなのに。男に走って、自分から墓穴を掘ったのだ。 「生クリームをたっぷりとかけて、苺と一緒に食べれば、おいしいかしら」  あたしでさえ、このかすれ声の殺し文句には、ぶるっと震えた。  もちろん、冗談だろう。とりあえず、言葉で感じようとしているだけだ。  だが、姫は、やがては、あたしたちを、本当に食うつもりなのかも、しれなかった。この女なら、やりかねなかった。  少なくとも、自分のヌード・ショーを、恥じらっているような女性らしい繊細な情感は、姫の顔には微塵も感じられなかった。  性欲を満足させたいというという感情だけだった。  欲望だけが、大きな瞳の奥にきらめいていた。  全身を戦慄させる、肉の怪物だった。あたしは鳥肌が立っていた。  想像して見てもらいたい。自分の二十倍の女の、性欲の餌食にされようとしているのだから。 「さあ、ショー・タイムよ。第二幕の始まり、始まり」  姫は、ベッドのうえに、両足を延ばしていった。  背中が大きく反り返っていく。  肉体の巨大な橋が再び、上空に架かっていく。  これが、この娘の好きな、独特のポーズだった。  その不自然な姿勢のままで、念入りに股間に指を這わせていった。  あたしは、中学生の時から、レスリングで鍛えてきている。高校では、個人と団体で県体会で優勝した。  それで、東京の体育大学にも推薦で合格した。  少しは、腕力に自信があった。  並みの男子レスリング部員でも、問題にしなかった。  あいつも、守ってやっている、つもりだった。  しかし、あたしは、負けたのだ。彼女を救えず、虫のように、姫の足に踏み潰させたのだから。足の親指一本にさえ、あたしは勝てないのだから。  この巨人女には、どうすれば勝てるのか。その弱点はどこにあるのか。いまもって、その方法が分からなかった。  いつか、決着をつけるつもりだった。  今も赤いレオタードに、黒い稲妻の入ったものを素肌に着ている。あたしなりに、戦闘服のつもりだった。常在戦場の心がけだった。  ちひろの震える薄い肩を抱いて、髪を撫でてやっていた。  あがあっ。あがあっ。あがああっ。  肉体の橋は、さらに十五分間も続いた。  空気には、雌の臭いが、さらに濃厚に、むせかえるまでに漂ってきている。  あたしは、また何回か唾を吐いた。  ちひろが、あたしのレオタードの胸元に顔を埋めていた。自分を落ち着かせるためなのだろう。乳児のように、生地の上から、あたしの勃起した乳首を強く吸っている。  十三歳の少女の息の熱いぬくもりを、そこにはっきりと感じていた。 (七人のいけない小人たち 第4章 サキ 完)