この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関わりがありませ ん。特定の人物・団体等をモデルにしているわけでもありません。あらかじめご 承知おきください。また無断でこの作品の転載、外国語翻訳、またはゲームブッ クへの改編など著作権を侵害する行為を行うことはおやめください。 北郎少年の冒険(サブタイトル:妙な数日間) by JUNKMAN  僕の名前は東九条北郎。15歳だ。少年よ大志を抱け。んなこと言われなくても 抱いておるわああああああ(本宮調)。そう、僕には大きな野望があるんだ。  世界征服。ああ、なんと甘美なこの響き。世界を僕の足元に。世の中は全て僕 の思いのまま。ちょっとかっこいいおにいさんたちはみんな死刑。その他の野郎 どもは奴隷。普通の女の子たちはその監督係。毎日毎日さぼっている野郎どもを 鞭でしばくのだ。そして、そして、僕は世界中のきれいなおねーちゃんたちを傍 らにはべらせて、毎晩どの娘にしようかなあどの娘にしようかなあなんて迷っ ちゃうのだ困っちゃうのだ。ううう、したい。世界征服したい。僕は関西地方の 某中学校でろくに勉強もせずにこんな妄想に耽っては先生に怒られていたのだっ た。え?言葉が関西じゃないって?細かいことを気にしていると大物になれないよ。  ともかく、このままではだめだ。この野望を妄想のまま終わらせてしまっては いけない。なんとか実行に移さなくては。でもどうやって実行すればいいかわか らない。何か参考書はないだろうか?図書館の書棚を隅から隅まで眺めてみたけ どそれらしい本はなさそうだ。困ったな。じゃ、日本橋の本屋さんに行ってみよ う。新刊書はどうかな?なになに、きゃらめる堂著「ママさんバニー」?うー ん、何の役にも立たないなあ、面白いけど(筆者注:15歳の少年は読んではいけ ません)。  インターネットはどうかな?Yahooで世界征服を引いてみよう。あら20件も ヒットしたよ。みんなも考えているんだなあ。負けてはいられないぞ。  僕はバイトで貯めた有り金を全て持参して裏通りの汚い骨董屋を訪れた。お金 にうるさい関西地方の住人としては清水の舞台から飛び降りるような決意である。 「おじさん」 「何だね?」 「ま、魔人の出るランプありませんか?」 あるわけないとは思ったのである。でも、万が一ってことはあるよね。だって、 ほら実際に骨董屋のおじさんは棚の奧からこともなげに古ぼけたランプを取りだ してくるではないか。 「あいよ。」 「こ、これが魔人の出るランプなの?」 中東風のランプなんか見たことなかった僕には、それはただの金属製の急須のよ うに思われた。 「そうらしいねえ。」 骨董屋のおやじさんは興味なさそうによそ見をしながら答えた。 「し、使用上の注意とかは?」 「さあねえ、使った人の話は聞いたことないねえ。」 「ほんとうに魔人が出るの?」 実は青い縦縞のユニフォームを着た背番号22の大魔神が現れて、いつものように セーブを稼ぐとかそういうギャグだったらたまらない。あのフォークは打てない からなあ。 「うちの品物はみんな本物だよ。疑うんだったら帰っとくれ。」 「あ、あ、」 ここが決断のしどころだ。一所懸命バイトをして貯めてきた全財産だ。無駄に散 財したくはない。しかもこのおやじは見るからにうそつきである可能性が高い。 すぐ隣に売ってる幸せを呼ぶ壷230000円なんて誰が信用するっていうんだ?だけ ど、これ以外に世界征服をする方法も思いつかない。もし今ここで買わないと、 インターネットで見つけた残りの20人のうちの誰かがこれを手に入れてしまうか もしれない。それで魔人を呼び出して先に世界を征服されてしまったら僕は奴隷 だ。毎日おねーちゃんたちに鞭でしばかれてしまう。うーん、それもいいかな? いや、それよりは自分で征服する方がいい。やっぱり買おう。 「く、く、ください。」 手持ちの総計は45027円だった。それを聞いたおじさんは、ちょうど値段は45000 円だといった。ますますもってあやしくさい。だけど僕はこれに頼るしかないん だ。買ってしまった。 *****  家に帰って自分の部屋に戻ってから、はたと困った。どうすれば魔人が出てく るんだろう?いくら使用上の注意はわからないとはいえ、そのくらいは教えて欲 しかったな。ええと、アラビアンナイトによると、こすればいいんだよね。 じゃ、やってみよう。きゅっきゅっきゅっ。あれえ、何にも出てこないぞ。もう 一度だ。きゅっきゅっきゅっ。だめかあ。やっぱり、あのおやじはただの嘘つき だったんだな。僕はがっかりしてその場に座り込んでしまった。  悲しいなあ。世界征服は無理みたいだな。あーあ・・・  しかたない。こんなときは自らを慰めて元気を出そう。  いつものようにパンツを脱いでと。ランプをこすった要領だ。ごしごしごし。 いまいちだなあ。じゃ、曽毬くんの描いたいやらしい絵でもおかずにしてみる か。ごしごしごし。おっ、ちょっと調子が出てきたな。なにしろ構図がえげつな いからなあ。ごしごしごし。いいねえ。いい気分になってきたぞ。ごしごしご し。あ、あ、あ、来るぞ。ごしごしごし、お、お、お、どぴゅ!ふう、お疲れさ までした。あれ?ランプにかかっちゃったぞ。まあ、いいか。 「はあーい。」 そのとき、ランプの中からセクシーなおねえさんの声が聞こえた。 「だ、誰だ?」 僕はパンツをずりおろしたままランプに向かって問いかけた。するとランプの先 からもくもくと白い煙が立ち昇り、その中にアラビア風のコスチュームに身を包 んだ歳の頃は20台半ば頃のやたらおっぱいの大きくてセクシーなルーシー・ロー レスという感じのおねえさんが現れた。スリーサイズは目算で96-59-87だ。自慢 じゃないが、誤差1センチ以内である自信はある。 「君がランプの魔人?」 「そうよ、坊や」 本当だったんだ。しかもすっごくセクシーなおねえさんの魔人。これはついてるぞ。 「名前は?」 「だいあな」 「え!だ、だいあな?」 ということは・・・ 「き、君が勝手に他人のイラストやコラージュを盗用してお金儲けをしているく せに抗議されてもふてぶてしい態度で居直る悪い魔人なのか?」 「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。」 おねえさんはむっとしながら、僕のおち○ちんをそっと片手で握りしめた。 「あららお粗末ねえ。」 大きなお世話、と考えるのは一般論である。恥ずかしながら僕のおちん○んはせ いぜい唐辛子サイズ、しかも先端までたっぷりと皮を被っていたのだ。これでは お粗末と言われても言い返す言葉はない(筆者注:決して特定の人物をモデルに しているわけではありません)。 「か、皮くらい、大人になったら剥けるさ。」 「おほほほほほ、甘いわねえ坊や。誰でも剥けるというわけじゃないのよ。それ に、」 おねえさんは喉の奥を鳴らすようにしてくっくっくと笑った。 「剥けてる方がもっと気持ちいいわよ。」 「!」 そうか、やっぱりそうなのか。そうじゃないかなあと思っていたのだ。一生剥け なかったらどうしよう?恥ずかしいだけじゃない、そんな気持ちのいい思いを知 らずに死んでしまうのは嫌だ。 「じゃ、む、む、剥いてくれないかなあ?」 筋違いなのはわかっていた。でも、ランプの魔人なら何とかしてくれるんじゃな いかと思ったのだ。 「いいわよ、坊や。」 だいあなは僕のお○んちんの皮をそろおりとずりおろした。不思議なことに、お ち○ちんの皮はすんなりと、決して嵌頓を起こすこともなくきれいに剥けて、中 から可愛らしい亀さんの頭が現れた。ちっとも痛くなかった。これも不思議なこ とだ。中学生時代に自分で意を決してえいっと剥いたJUNKMANなんか、その晩は ひりひりして困ったものだ。懐かしいなあ。 「坊やもこれで大人よおん。」 「ああ、こ、これで、今までよりも気持ちが良くなるの?」 「ふふふ、もお、びんびんに敏感になってるはずだわ。触った感じが全然違うわ よ。」 「え?じゃ、ちょ、ちょっと、もみもみしてみてくれない?」 「いいわよ。」 だいあなは再び僕のおちん○んを握りしめた。ぞくっとする不思議な感じがした。 「うわ!」 「ふふふ、じゃ、いくわよ。」 もみもみもみもみ。 「どう?坊や。気持ちいい?」 「ふう、ふう、うん、すっごくいい。」 さっき自家発電したばっかりだっていうのに、もうびんびんだ。ああ若いって素 晴らしい。 「おほほほほほ、こんなことくらいで感じてるようじゃ、ぺろぺろなんかしたら 大変なことになってしまうわね。」 「ぺろぺろ?ぺろぺろって、まさかお○んちんを口で?」 「そうよ。」 「そ、そんなあ!それって、もみもみよりも気持ちいいの?」 「比べものにならないわ。」 「ええ!?じゃ、ぺ、ぺ、ぺろぺろ、してくれる?」 「もちろんよ。」 そしてだいあなはお口を0の字に開けると、僕のおち○ちんをまずはぺろぺろ、 続いてちゅばちゅば、ぱっくり、れろれろ、もがもがと華麗なテクニックを披露 してくれたのであった。 「うわああ、」 世の中にこんなに気持ちのいいものがあるなんて予想もできなかた。頭の中がメ リーゴーランドになって、あろうことか僕はだいあなのお口の中に出してしまっ た。薄かったと思うけど。 「はあはあはあ、ああ、気持ちよかった。」 だいあなはにっこりと笑いながらお口の周りを拭いていた。 「ところでだいあなさん。」 「なあに?坊や」 「君はランプの魔人なんでしょ?」 「そうよ。」 「じゃ、やっぱりお願いをきいてくれるの?」 「もちろんよ」 「わあい!それじゃあねえ」 「ちょっと待って、」 だいあなは人差し指を立てて僕を制した。 「ただし無料できいてあげられるお願いは3つまでよ。」 「え?でもいいや。僕の願いは一つだけなんだから。」 「残念でした。坊やはもうお願いを3つ言ってしまったわ。」 だいあなは指折り数え始めた。 「一つ、おちん○んの皮を剥いてほしい。二つ、剥いたお○んちんをもみもみして 欲しい。三つ、更におち○ちんをぺろぺろしてほしい。ほうらね。」 あ!しまった!確かにもう3つもお願いをしてしまった!せっかくランプから魔 人を呼んでおいて、大人が新宿でおねえちゃんたちにお金を払ってするようなお 願いをしてしまったのだ。迂闊だった。 「じゃ、もうお願いはきいてくれないの?」 「そういうわけでもないけどね。もう一つくらいなら特別にきいてあげてもいい わ。」 だいあなは横目でちらりと僕を見た。 「ただし、もう『ただ』ってわけにはいかけど。」 「じゃ、どうすればいいの?」 「そうね、」 だいあなの目がきらりと光った。 「坊やを使ってちょっと遊ばせてもらおうかな?」 遊ぶ?遊ぶって、またえっちな遊びかな?だったら望むところだけど、そうじゃ なくっても我慢しよう。世界征服のためだったら魂を売り渡したっていいや。僕 は決意した。 「そ、それでもいいよ。もうひとつ、お願いをきいて。」 「あら、そう。ふうん、いいのね。それでお願いはなあに、ぼうや?」 だいあなは後ろ手に腕を組んで相変わらずくねくねと身体を動かしながら身を乗 り出してきた。僕の目の真ん前で96センチ(推定)のたわわなバストがゆっさ ゆっさと揺れる。柔らかそうで、ぼわーんとしたやつが、目の前でゆっさゆっさだ。  だめだ。瞬時に理性が吹っ飛んだ。 「ぱ、ぱ、ぱふぱふしてください!」 「あらそんな簡単なことでいいの。おやすいご用よ。」 ああ、なんということだ。僕はひとときのぱふぱふの誘惑の前に世界征服の野望 を忘れ去ってしまったのだ。でも僕を愚かと言わないで。だって、だいあなのぱ ふぱふは、実際とろけるような至高の悦楽だったんだ。ぱふぱふっていいなあ。 柔らかで、あったかで、この埋もれた谷間からほのかに女の人のいい匂いがし て、うーん、いいなあ。何しろ96センチ(推定)だもんなあ。すっごいヴォ リューム感だ。片手ではとても掴みきれないよ。こう両手をそれぞれのおっぱい にあてがって、ああ、柔らかくていい感触だ。それにしても大きなおっぱいだな あ。なんか顔っていうより上半身がみんな埋まってるって感じだ。ははは、まあ そんなことはないか。  あれ?変だぞ。何だか両手が窮屈になってきた。おっぱいの外側にまわせなく なってきちゃったんだ。あれ?どうしたんだ?背が立たないぞ。どうなっちゃっ たんだ?圧迫が強くて見渡すことができないや。でも、ほんとに上半身、いや、 もう身体全体がおっぱいの谷間に埋まっちゃったような気がするぞ。そんな馬鹿 な!いや、確かにそうだ。ぐんぐんおっぱいが大きくなってきているよ。ひゃ あ、く、苦しい!圧迫がきつくて息ができないぞ! 「おほほほほ、坊や、ぱふぱふは気持ちいい?」 だいあなの声が雷鳴のように重々しく轟いた。そして、両脇から僕の全身を締め 付けていた圧力が弱まると、頭上にとんでもないものが現れた。 「うわあああ!」 それはとてつもなく巨大なだいあなの顔だった。5階建ての建物くらいあるん じゃないだろうか。僕は何がなんだかさっぱりわからなくなった。だいあなは笑 いながら胸の隙間に手を忍ばせて、そこから僕を指でつまみ上げた。 「きょ、きょ、巨人になっちゃったの?」 「おほほほほ、違うわよ。」 だいあなは愉快そうに笑った。その声があまりにも大きかったので僕は両耳を押 さえたのだ。決して次の言葉を聞きたくなかったからではない。 「そうじゃなくて、坊やがこびとになったの。」 「・・・え?」 慌てて周囲を見回した。確かに見覚えがある。机、本棚、ベッド、みんな僕の物 だ。ただ、どれもこれも、みんなけた外れに大きい。いや違う。僕が小さいんだ。  だいあなは机の前に歩いていって、僕をその上に降ろした。広い。駐車場くら いある。振り向くと、だいあなが膝を曲げて顔を近づけている。大きい。今の僕 の尺度では、身長90メートル以上の化け物に見える。ゴジラよりも大きいな。 「ぼうや、可愛いわよ。」 「ぼ、僕をどうするつもりなんだ?」 だいあなはそれには答えず、傍らにあった3角定規を僕の横に立てて目を近づけた。 「うーんと、身長3.2センチってとこかしら。」 「は、早く元に戻してくれよ。」 「だめよ。」 だいあなは立ち上がって鼻先でふふんと笑った。 「せっかくこれから楽しいお遊びが始まるってのに、すぐに戻すわけにはいかな いわ。」 僕は机から遥かの高さのだいあなをを見上げ、大きな声を出して尋ねた。 「じゃ、いつかは戻してくれるの?」 だいあなは再びにやりと笑った。 「かもね。それは坊やの頑張りにかかっているわ。私は今日のところはランプに 戻るから、元に戻りたかったらまた私を呼び出してね。呼び出す方法は知ってる わよね、じゃ、まったねえー!」  もくもくと白い煙が上がって、だいあなはランプに戻ってしまった。ランプは 僕の立っている机から見て部屋の反対側、200メートル以上も彼方である。そし て僕の立っている机は床から約40メートルの高さ。とても自力ではランプにまで 到達できると思えない。  どうしよう?ぼくはだだっぴろい机の上で頭を抱えて座り込んでしまった。  そのとき、扉がどんがんどんがんとものすごい音を立てた。 「おにいちゃん、おにいちゃん、いるの?いるんでしょ?開けるよ。」 妹の志都美の声だ。まずい、こんなところを見つかったら大変だ。僕は思わず机 の上にあったペンケースの陰に隠れた。次の瞬間、扉を開けるばたあんという大 きな音がして、そしてどすん、どすんという重い足音が近づいてきた。 ***** 「あれえ?おにいちゃん、部屋にいると思ったんだけどなあ。」 志都美は部屋の中をきょろきょろと見回した。僕はペンケースの陰からその様子 をうかがった。  僕より一つだけ年下の志都美は、今、僕の尺度では身長が77〜78メートルくら いの巨人になっていた。泣きたい気分だった。こんな情けない姿を見せるわけに はいかない。兄としての沽券に関わる。僕は志都美がよそ見をしている隙に、 こっそりとペンケースの中に忍び込んだ。ここに隠れてやり過ごそう。そして志 都美がいなくなったら、なんとか方法を考えて机の下に降り、ランプの近くに 行ってだいあなを呼び出すんだ。それで僕は元に戻れるはずだ。  ペンケースの外では、志都美の声が轟いていた。 「ひどいなあ、おにいちゃんったら。今日は私と一緒に映画を見に行こうって いってたのに。」 ん?そうか、今日は11月10日だったな。そういえばそんな約束をしてたっけ。そ れにしても、いつまでも僕にまとわりついてないで、ボーイフレンドでもみつけ ろよ。 「いっけなあい。もう6時になっちゃったわ。」 志都美は時計を見て素っ頓狂な声を上げた。 「ふん、いいもん。杏奈ちゃんを誘っていっちゃうもん。」 どすんどすんという足音が遠ざかって行った。やれやれ、見つからずにすんだ。 とりあえず僕はほっとした。  ペンケースから首を出そうとしたら、やおら部屋の扉が開いて、志都美が戻っ てきた。まずい!僕は首を引っ込めて、ペンケースの中で小さくなって震えていた。 「あー!やっぱり、このペンケース、私のだ!」 え?そうだったけ?そういえばこの間借りたまま返してなかったっけ。と、いう ことは・・まずい!飛びだそうとしたが遅かった。ペンケースが外側から強く締 め付けられると同時に、ぐいっと重力加速度がかかった。逆さまにひっくり返り ながら、僕は状況を把握した。志都美が掴み上げたんんだ。 「もー、ひどいなあ、おにいちゃんったら。帰ってきたら文句いわなくっちゃ。」 どさん。僕はペンケースごと、志都美のポシェットの中に放り込まれた。 *****  志都美のポシェットは乗り心地がいいなんてものじゃない。ひっきりなしにぐ らあんぐらあんと揺れて、船酔いをしてしまいそうだ。せめて新鮮な空気くらい 吸わないと。僕は暗闇の中でもがきながら、やっとの思いでペンケースから這い 出して、ポシェットのチャックの隙間から顔を出した。そのとき、ちょうど志都 美は待ち合わせ場所に着いたようだった。 「杏奈ちゃん、ごめん、待ったあ?」 「ううん、志都美ちゃん、私も今ついたばっかりよ。」    志都美のいう「杏奈ちゃん」というのは、どうやら一級下の小泉杏奈のこと だったらしい。彼女のことを何故知っているかというと、学校では評判の美少女 だったからである。しかもどうしたことか、このところ僕のことを先輩、先輩と 呼んでまとわりついてきていたのだ。美形の女の子にまとわりつかれるのは気持 ちのいいものだ。でも、志都美と友達だってことは知らなかったなあ。 「今日、お兄さんは?」 「ふん。いいのよあんな奴。どこをほっつき歩いていることやら。」 志都美はぷうっと頬を膨らませた。杏奈の笑い声が聞こえた。 「あんな奴のことが気になるの?」 「うん。だって、北郎先輩って、ちょっとかっこいいんだもん。」 おお!小泉!お前、僕のことをそんなふうに思っていたのか。偉いぞ!元の大き さに戻ったらすぐにデートに誘ってやるからな!お気に入りの小泉杏奈の意外な 告白を聞いて、僕の心は舞い上がった。 「やだあ、杏奈ちゃんたら、お兄ちゃんのこと何にもわかってないのね。」 あ、志都美、せっかくいい感じなんだから、ぶち壊しにするようなことだけは言 わないでくれよ! 「お兄ちゃんたら、独りで部屋にいるとき、何してると思う?」 こ、こら、だから余計なこというな! 「何だか変なイラストを見ながらねえ、ごそごそと」 「こらあああああ!」 僕は思わず大きな声を出してしまった。志都美と杏奈がさすがに気づいて辺りを きょろきょろ見回す。僕は慌ててポシェットの中に首を引っ込めた。 「いま、北郎先輩の声がしなかった?」 「うん。私にもお兄ちゃんの声に聞こえたわ。でも、誰もいないわね。」 「そのポシェットの中から聞こえたような・・」 「きゃはは、そんなわけないじゃない。きっと空耳だったのよ。」 「そうかしら?」 「そうそう。さ、もう入りましょ。映画が始まっちゃうわ。」 いやいや、我が妹が脳天気な性格で助かったよ。なおも納得がいかない表情の杏 奈を後目に、志都美はすたすたと歩き出してしまった。やれやれ。 *****  ポシェットの外側では映画が始まったようだ。どうせくだらないアニメ映画 だ。つきあわされなくって良かったぜ、って結局は一緒に映画館に来ているんだ けどね。  でも今の僕の状況は映画どころじゃない。このままポシェットの中に入ってい たら、志都美の部屋に戻されてしまう。そうしたらだいあなのランプにたどり着 くのは容易なことではないぞ。どうしようかな? そうだ、ここから出て志都美 のソックスにでもへばりついていよう。そうしてあいつが僕の部屋の前を通ると き廊下に飛び降りればいいんだ。今の僕の大きさなら扉の隙間からでも部屋の中 に潜り込めるだろう。今度は床の高さだから、簡単にだいあなのランプに到達で きるはずだ。うーん、我ながら完璧な計画。そうと決まれば実行だ。うまい具合 に映画館の中が暗くなっているぞ。今なら志都美に気づかれずポシェットから ソックスに移動できるだろう。僕はこっそりとポシェットから外に降り立った。  ところが、思ったほどに簡単ではなかった。志都美はポシェットを座席の脇に 置いていた。だからすぐに太股へ飛び移れるだろうと算段したのだが、その間の 隙間が4メートルくらいある。助走なしでは飛び越えられない距離だ。仕方な い。一旦座席のレベルにまで降りて、そこから太股の上に登ろう。ポシェットの 側面を伝い降りる。今度は目の前にとてつもなくでかい臀部がそびえ立ってい た。タイトなミニスカートがはちきれそう。こんなのがちょっとでも揺れたら、 僕なんかいちころでぷちりと潰されてしまうだろうな。凄い威圧感だ。これが自 分の妹なんだから情けなくなってしまうよ。  愚痴を言っても始まらないので、巨大なタイトスカートの壁を登り始める。な にしろぴちぴちで手がかりがないから何度やっても途中で滑り落ちてしまう。ま ずい。無為に時間が過ぎていく。このままでは映画が終わってしまうぞ。気が焦 るとなおさらうまくいかない。落ちつけ。落ちつけ。十数回の失敗の後、ようや く僕は志都美の太股の上に到達した。ふう、くたびれた。でもここまでくれば後 はもう脚に沿って滑り降りるだけさ。一服するか。僕はその場に腰を下ろしてス クリーンをみた。 「FIN!?」  しまった!エンディングテーマが流れ始めた。最後までゆっくり声優の名前と か見ていればいいのに、こんなとき志都美はせっかちなのである。すぐさま立ち 上がってしまった。 「わああああああ」 僕はひとたまりもなくポシェットの向こう側まで弾き飛ばされてしまった。今ま での苦労は水の泡だ。 「さあ、終わったわ。杏奈ちゃん、帰りましょ。」 「え?うん、でも、エンディングは」 「いいのいいの。出口が混んじゃ嫌でしょ。」 まずいぞまずいぞ!これじゃ志都美のソックスどころかポシェットにも戻れな い。最悪の場合、この場で見つかってしまうってことにもなりかねないぞ。そん なの嫌だ。恥ずかしい。とりあえずどこかに隠れよう。僕は手近に見えた布の内 側に潜り込んだ。 「じゃ。帰ろうか・・・」 次の瞬間、その布が急に上空に持ち上がった。 「!」 僕は振り落とされないよう、必死で布にしがみついた。今度は布が横方向に動き 出す。ものすごい揺れだ。ポシェットの中なんてもんじゃない。いったいどう なっちゃったんだ?  ふいにうす明るくなった。周囲は僕の掴まっているカーテンのような布で囲ま れていて良くわからない。上を見る。天井は水玉模様だ。下を見る。地面は40 メートルくらい下にある。目が眩みそうだ。そしてその地面から水玉模様の天井 まで2本の巨大な柱がそびえ立っている。え? 「じゃ、杏奈ちゃん、また明日ね!」 「ばいばあい!」 2本の柱が歩き始めた。これは脚だ。やっと状況を把握した。僕は小泉杏奈のス カートの内側にぶら下がっていたのだ。 ***** 「ただいまあ。」  はあ、やっと着いた。これが小泉杏奈の家か。広いなあ、って僕が小さいんだ から当たり前か。そもそも下しか見えないんだから良くわからないんだけど。ど うでもいいけど早くこのスカートを脱いでくれないかなあ。ぶら下がりっぱなし で、腕が棒みたいになっちゃったよ。このスカートから脱出できたら、その次の ことはその次に考えよう。  と思っていたら、いきなり凄い大揺れがかかって、巨大な脚が2本続いて上方 にぬけていくと、僕はスカートごと更に高い位置に吊し上げられた。しまった、 いま、スカートを脱いだんだな。タイミングを逃しちゃった。スカートの内側に 閉じこめられているんで、むふふな巨大小泉杏奈の姿は見えない。残念。なんて 考えている場合じゃない。ばたん、という音がして辺りが真っ暗になってしまった。  おそらくこれは衣装棚だ。脱出不可能だな。何よりも、もう腕が痺れてき ちゃった。手を放したら軽く50メートルくらいは落下しそうだ。とてもただでは 済まないな。絶望だ。でも、もういいや。僕は観念して、スカートにぶら下がっ ていた手を放した。  ひゅー、どすん。落ちた先は、予想外にもふかふかの布だった。ハンガーから ずり落ちていた服の上に飛び降りたらしい。痛くもかゆくもない。やったあ。ま だまだ運に見放されたわけじゃなさそうだ。それじゃ、今後の作戦を考えよう。  とにかく僕の家に帰らなきゃだめだ。そうしてランプのそばにたどりついてだ いあなを呼び出さなくては元の大きさに戻れない。そのためには、悔しいけど志 都美だ。やっぱりこっそりと志都美にくっついていくのがいちばん現実的だろ う。どうやら小泉杏奈と志都美は友達らしい。明日も学校で会うに違いない。そ の時がチャンスだ。だから、とりあえず明日の朝は小泉杏奈の制服の中に隠れて 学校に行こう。よし、決めた。  そうとなったら今日はもう休息をとろう。明日はまたひと頑張りしなきゃいけ ないみたいだからな。幸い寝心地のよさそうな環境だ。おやすみなさあい!  こうして奇妙な数日間の第一日目、11月10日は終わったのである。    *****  ばたん!という大きな音がして、急に光がさしてきた。慌てて見上げる。下着 姿の巨大な杏奈が制服を取り出しているところだ。うへえ、寝過ごした。僕は飛 び起きると、こっそりと衣装棚から這い出して、杏奈の背後にまわった。  目の前に、ダンプカーよりも巨大な足が、ソックスに包まれて2つ鎮座してい る。そこから上にむかって2本のすらりとした脚がそびえ立っているんだけど、 目が回りそうだからそれより上は見ないでおこう。これじゃソックスにへばりつ くしかない。それ以上の高さは無理だ。こんなに巨大な脚を登っていく自信はな いからなあ。  ということで杏奈の右足に背後から近づいた。 「うわっ」 近寄った足が急に踵から上昇していった。僕はぎょっとしてあとずさりした。そ うか、スカートをはこうとしているんだから足を上げるのは当然だ。頭上を見上 げる。 「うわああああ」 今、上がっていった右足が、スカートをくぐって僕の頭上に降りてきた。まるで 天井が落ちてくるようだ。危ない!僕は慌てて逃げ出した。どすうううううん。 間一髪、踏み潰されはしなかったけど、ものすごい衝撃でひっくり返ってしまっ た。ひゃあ、危なかった。ソックスに近づくってのは、思ったより危険なことな んだな。  そうこうしているうちに制服に着替え終わった杏奈は、衣装棚の前から歩き出 しはじめた。しまった。おいていかれる。急いで後を追う。だめだ。全力で走っ たけど、普通に歩く杏奈に追いつけない。歩幅がとんでもなく大股なのだ。杏奈 は結局僕には気づきもせず、部屋から出ていってしまった。あーあ、これじゃあ 今日は志都美には逢えないや。残された僕は落胆してその場にへたり込んでし まった。しようがない。下手に動きまわると誰かに見つかっちゃうかもしれない から、今日は一日この部屋に隠れていよう。 *****  僕はそのまま杏奈の部屋の片隅に隠れてぽつんとしていた。でも、予定という のはなかなかその通りにはいかないものである。おなかが空いて喉がかわいてし まったのだ。ずっと我慢していたけど、午後の3時を過ぎた頃にはもう限界だっ た。ごきぶりみたいで情けないけれど、台所にでも行けば食べ物があるかも。僕 は意を決して部屋の扉の隙間をくぐり抜けた。さあて、台所はどっちかな?廊下 の先の方じゃないかな?単なるカンだけどね。僕は幅70メートル、長さおよそ 300メートルはあろうかという広大な廊下をとぼとぼと歩き始めた。  ちょうど真ん中あたりにさしかかったころだろうか、廊下の突き当たりにいき なり巨人が現れた。僕は意表を突かれて金縛りにあってしまった。巨人の姿を見 上げる。女の子だ。でも杏奈じゃない。ずっと小さい。いや、大きさの話じゃな いよ、年齢のことだ。10歳くらいかな。身長は65メートル程度だろう。杏奈の妹 かな?面影が杏奈に似ていてとても可愛い。特に目元なんか・・・ 「!」  目と目が合ってしまった。 「あれえ?何かしら?」 まずい!気づかれた。心臓が凍り付いた。もう止まっている場合ではない。隠れ よう。辺りを見回す。だが広い廊下の真ん中だ。周囲には身を隠すものはない。  では逃げよう。僕は全力で駆け出した。 「何だろうなあ?動くからやっぱり虫かしら?」 どおん、どおおん、どおおおん。背後から重い足音が追ってくる。凄いスピード だ。とても逃げ切れない。 「やあねえ。踏み潰しちゃおうかな。」 どおおおおん。どおおおおおおおん。僕は、今朝、着替え中の杏奈に踏み潰され そうになったことを思い出して、恐怖で頭が破裂しそうになった。 「追いついちゃった。さあて、踏み潰そうかな。」 周囲が暗くなって振り返った。頭上から巨大なスリッパの底が音もなく降りてく る・・・ 「やめてくれえええええ!!」 ついに僕は大きな声を出してしまった。地面に向かっていたスリッパの底の動き がピタリと止まった。 「??」 上空からスリッパが消え、その替わりに巨大な女の子の顔が現れた。 「あ!こびとだあ!」 あああ、ついに見つかってしまった。しかもこんな小学生の女の子に見つかって しまった。でも、踏み潰されるよりはましだ。観念してその場に立ちすくんだ僕 を、2本の巨大な指がつまみ上げた。 「うわああ!」 腹の辺りを締め付けられて、僕は痛みで気が遠くなりそうだった。でも、巨大な 女の子は僕の苦しさなんかちっともわからないようだった。 「とっても可愛い。」 「あああ、やめろおお!」 僕は苦しくって思いきり手足をばたばたさせた。女の子はにこにこ笑っているだ けだ。 「うふふ、元気がいいのね、」 「違うよお!苦しいんだよお!力を緩めてくれよお!」 「あらあらちびちゃん、お願いするのにそんな言い方はだめよ。」 痛くって苦しくって遠のきそうな意識がふっと鮮明になった。ちびちゃん?こん な小さな女の子が僕のことをちびちゃん呼ばわりするのか? 「ち、ちびちゃんはないだろ。君こそ年上に対してはちゃんとした言葉遣いをし ろよ!」 「年上?」 腰の辺りを締め付けていた巨大な指の圧力が緩み、僕は女の子の手のひらの上に 落とされた。僕の目の前で巨大な瞳がきらきらと光っている。 「嘘ね。年上ってはずはないわ。だってこんなに小っちゃいじゃない。」 「そんなことはないぞ。僕は15歳。中学校3年生だ。」 あはははははは。女の子が鼓膜の張り裂けそうな声で笑い立てたので、僕は両耳 を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。 「あははははは、ああ面白い。こんなおちびの中学生がいるわけないじゃない。 あははははは」 「嘘じゃないぞ!ほんとうだぞ!君は小学生だろ?もっと礼儀正しくしろよ!」 「あははははは、はいはい、わかったわ。じゃ、もう『ちびちゃん』って呼ぶの は止めるわね。そのかわり『ちびお兄ちゃん』って呼んであげる。いいわね、ち びお兄ちゃん?」 巨大な女の子は含み笑いをしながら僕をみつめた。年上に対する尊敬の念なんて 微塵も感じられない。この状況じゃ、そんなこと言っても無駄だったようだ。 「わたしのことは『優奈ちゃん』って呼んでいいわよ。」 「き、君は優奈ちゃんっていうのか?」 「そうよ。今日からちびお兄ちゃんの持ち主よ。」 「持ち主?どうして持ち主なんだい?」 「うふふ、だってちびお兄ちゃんは、わたしの玩具だもん。」 「え!?」 優奈と名のった少女は、当然という顔つきで手のひらの上の僕を見下ろした。僕 は気圧されながらも猛然と抗議した。 「そんなこと、勝手に決めるな!」 「あら、だってわたしが見つけたこびとなんだから、わたしの玩具でしょ?」 「ふざけるな!」 「いうことききなさい。」 「いいかげんにしろ!」 「いうこときかないと”め”よ!」 やおら僕の胸の前後を巨大な親指と人差し指が挟みつけてきた。2本の指は僕を 挟みつけたまま優奈ちゃんの目の前まで上昇すると、そこでいきなり圧力が強 まった。 「ぐわあああああ」 優奈ちゃんの巨大な目がきらりと光った。 「ぐあ、ぐあ、ぐあ、ぐあ」 「あらあら、まだわたし、ほとんど力入れてないのよ。」 「ぐ、ぐ、ぐるしいいいい」 「だめよ、もうちょっとくらい頑張らなくっちゃ。」 「頼む、頼む、やめ、やめ、ぐわあああ」 「あはははは、赤くなっちゃった。てんで弱いなあ、ちびお兄ちゃん。」 優奈ちゃんはやっと指の力を緩めてくれた。 「はあ、はあ、はあ、はあ、」 僕は手のひらの上で這い蹲って荒い息をついた。死ぬかと思った。だめだ。圧倒 的な力の差だ。こんな幼い女の子なのに、手も足も出ない。 「うふふ、ちびお兄ちゃん、わかったかな?わたしの言うことをきかなきゃだめ よ。」 上空で巨大な笑い顔が僕に向かって諭しかけてきた。悔しいけどそのとおりだ。 逆らうなんてことはできっこない。 「じゃ、『僕は優奈ちゃんの玩具です』っていいなさい」 「はあ、はあ、はあ、はあ」 涙が出そうになった。でも、今はこの巨大ないたずら娘のいいなりになるしかな かった。 「はあ、はあ、ぼ、僕は、はあ、はあ、優奈ちゃんの、はあ、玩具です、はあ、 はあ」 優奈ちゃんの表情がぱあっと明るくなった。 「はい、良くできました。じゃ、お部屋に入って遊びましょ、ちびお兄ちゃん!」 もうだめだ。僕はこの巨大な優奈ちゃんの玩具になるんだ。どんなことをされる んだろう?今までの感じからして、優しく気遣ってくれるようなことはなさそう だ。残酷な遊びをされるぞ。恐怖が全身を貫いた。失禁しそうになった。 「優奈ちゃん、お、お願いがあるんだ。」 「なあに?」 「部屋に帰る前に、ト、トイレに連れていってもらえないかなあ」 こんな状況になって、空腹感の方はどこかへ吹き飛んでしまった。そのかわり、 尿意はますます強まった。恐怖感。緊張感とも相まって、今にも漏らしてしまい そうだ。 「うふふふ、おトイレ?あらあら、ちびお兄ちゃんは独りで行けないのね。しょ うがない。いいわ。連れていってあげる。お部屋でお漏らしされちゃったらわた しもちょっと困っちゃうもんね。」 優奈ちゃんは侮蔑の笑みを浮かべながら、僕をぶら下げてトイレに向かった。  トイレに入るなり、優奈ちゃんは僕のズボンを指先で引きずり降ろして、 ちょっと前屈みになりながら僕を便器の真上にぶら下げた。 「さ、ちびお兄ちゃん、しーしーしなさい。」 僕は胸の辺りを2本の指で掴まれたままである。足場はない。約30メートル真下 にはプールのような便器が広がっている。何よりも、目の前で優奈ちゃんに一部 始終を観察されているのだ。こんな状況ではおしっこなんてできないよ。 「ゆ、優奈ちゃん。ちょっと、よそを向いててくれないか?」 「だあめ」 優奈ちゃんは笑いながらかぶりを振った。 「お兄ちゃんはちびすぎて心配なの。もし、ここに落っこちちゃったらどうする?」 胸を支える指が離れ始めた。 「うわああ、危ない!」 僕はあわてて人差し指の第一関節あたりにしがみついた。 「うふふふふ、ね?危ないでしょ?だから目を離せないのよ。さ、早くしーしー しなさい。」 さっきより、一層状況は悪くなった。でもここでクレームをつけるともっと酷い 状況にされるだろう。それにもう膀胱が破裂しそうだ。僕は諦めて、優奈ちゃん の人差し指にぶら下がったままおしっこを始めた。ちょろちょろちょろちょろ・・・ 「あははははは、おしっこだ、おしっこ。しー、こいこい、なんてね」 2つの巨大な幼い瞳が僕の股間を見つめて笑っていた。僕は惚けたように脱力 し、それに伴って膀胱が自然と収縮していった。  嘘だ。こんなの嘘だ。屈辱感が胸がいっぱいに広がっていった。 「うふふ、お漏らししなくて良かったわね、ちびお兄ちゃん。でも、ほんとに独 りじゃなあんにもできないってわかったでしょ?」 「う・・・」 「心配しなくても大丈夫よ。わたしの玩具になっていれば、わたしが毎日面倒を 見てあげるわ。良かったわねえ。ふふ」 優奈ちゃんは僕を鼻先にぶら下げて勝ち誇ったようにせせら笑った。僕は、巨大 な幼い少女の笑顔の前で、抗弁する気力もなかった。 「さ、そうしたら次はどんな遊びをしようかな?そうだ、遥香ちゃんと芽久美 ちゃんも呼んでこよう。」 優奈ちゃんは僕にズボンをはかせると、トイレを出て廊下を部屋へと向かった。  朦朧とする意識の中で、優奈ちゃんの言葉を反芻した。友達を呼んでくる?と いうことは巨大少女が数人がかりで僕をなぶりものにするのか?だめだ。そんな ことされたら死んじゃうよ! 「やめろお!やめろお!やめてくれええ!」 精一杯暴れてみたが、僕を締め付ける巨大な指はびくともしない。 「やめろお!やめろお!」 「こらこら、ちびお兄ちゃん、静かになさい。そうしないと、また”め”よ。」 「やめてくれええ!」 そのとき、急に玄関から声が聞こえた。 「騒々しいわねえ。優奈、なに独り言いってるの?」 小泉杏奈だ!学校から帰ってきたんだ。やった。こんな姿を見られるのは恥ずか しいけれど、この状況よりは遥かにましだ。僕は全力をふりしぼって大声を出した。 「小泉いいいい!!助けてくれええええ!!」 杏奈は僕の声には気づかなかったかもしれない。でも、幸いなことに、ずんずん とこっちに向かって歩いてきた。 「優奈、なにそれ?」 「ん?なんでもないよ。」 優奈ちゃんは杏奈から僕を隠そうとした。ごまかされてはいけない。僕は更に大 きな声を張り上げた。 「小泉!僕だよ!東九条北郎だよ!助けてくれえ!」 杏奈はぎょっとしたようだった。急いで優奈の背後にまわり、後ろ手に隠された 僕の姿を見つけた。 「・・・き、北郎先輩?」 「そうだよ!僕だよ!助けてくれ!君の妹が僕を玩具にして遊ぼうとするんだよ!」 杏奈はおそるおそる顔を近づけてきた。僕は思いきり両手をばたばたと振った。 「わかるかい?小泉。僕だよ。わかるだろ?」 「え、ええ」 なおも信じられないという表情のまま、杏奈は優奈ちゃんの方に向き直った。 「優奈、このお兄さんを私に渡しなさい。」 「ええ?」 優奈ちゃんは目を丸くした。僕はその指に摘まれたまま、事態の成りゆきをはら はらと見守った。 「このお兄さんで遊んではいけません。」 「どうして?わたしの玩具だよ。だから、わたしが好きに遊んでいいんだよ!」 優奈ちゃんはうるうるになりながら僕を振り回し始めた。目が回る。頼むよ小 泉、なんとかしてくれ。 「違います。こら!優奈、やめなさい。」 「嫌よ!だってこの小っちゃなおにいちゃんは、わたしが見つけたんだよ!自分 でも『僕は優奈ちゃんの玩具です』って言ったんだよ!」 「いけません。ほら、渡しなさい。」 杏奈は僕を掴んでいる優奈ちゃんの手を捻りあげた。優奈ちゃんは僕を取り落と した。僕は50メートル下の地面に向かってまっ逆さま、かと思ったらその前に柔 らかなものに受けとめられた。杏奈のもう片方の手のひらだった。 「ひどおい!杏奈おねえちゃん!わたしのちびお兄ちゃんを返して!!」 「だめよ!優奈のような子供が、いくら小さくてもお兄さんを玩具にして遊ん じゃいけません!もう、あっちに行きなさい!」 「うわああああん」 優奈ちゃんは泣きながら立ち去ってしまった。今後の仕返しがちょっと怖いけ ど、とりあえずこの場は助かった。 「もう大丈夫ですよ、先輩」 「有り難う、小泉。」 僕は手のひらの上から、杏奈の大きな姿を見上げた。下級生の女の子の手のひら に載せられるってのは恥ずかしいことだけど、今はそれよりも助けてもらった感 謝の気持ちの方が勝っていた。 「先輩、どうしてこんなに小さくなっちゃったんですか?」 「ううん、それはねえ、」 世界征服をしようと思ってランプにおなにいしたら皮を剥いてもらえて、それで もってもみもみ、ぺろぺろ、ぱふぱふまでしてもらったらこびとにされちゃっ た、なんていう説明をしても信じてもらえないだろうなあ。 「ちょっとね。」 「あ、いいんです。無理にはお尋ねしません。」 杏奈はにっこり笑った。笑顔がどきっとするほど可愛かった。いい娘だな。妹と は大違いだ。 「それより、お怪我はありませんか?」 「うん大丈夫だよ。だけどひどいめにあった。君の妹は僕を玩具にしようとする んだよ。ひどいだろ?君が『玩具にするのはやめろ』といってくれて助かった よ。僕だって、それは小さくはなっちゃったけど、君の妹よりはずっと年上なん だぜ。玩具にされちゃたまらないよ。」 杏奈は今度はにたりと笑った。さっきとは違う。僕が今まで見たことのない表情だ。 「先輩、何か勘違いしていらっしゃいません?」 「え?」 杏奈はおかしさをこらえきれないという表情で僕を見下ろした。 「私は、優奈のような子供が先輩を玩具にしちゃいけないって言ったんです。」 「!」 杏奈は得意そうに笑いながら、僕をつまみ上げて鼻先にぶらさげた。 「先輩、小さいですねえ。」 僕は丸太のような指先で小突かれた。 「こんなに小さいんだから、やっぱり先輩は玩具ですよ。」 「こ、小泉!」 僕は自分の耳を疑った。杏奈はいよいよおかしくてたまらないという顔をした。 「優奈みたいな子供の玩具にしておいたらもったいないじゃないですか。先輩は 私の玩具になるんです。」 呆然とする僕を胸元に放り込みながら、杏奈は呟いた。 「くっくっく、今晩がとっても楽しみだわ。」 ***** 「お母さん、あのね、杏奈おねえちゃんがね、わたしがみつけた玩具をとったの よ。」 「あら、私そんなことしてないわよ。」 「嘘よ!とったよ!わたしの玩具をとりあげたよ、うわあああん!」 「ほらほら優奈、泣くのはやめなさい。杏奈がとったって、どんな玩具をとり上 げたっていうの?」 「ひっく、うん、あのね、こびとよ。とっても小っちゃな、指よりも小っちゃな お兄ちゃん。」 「あらあら優奈、そんなこびといるわけないじゃない。」 「そうよね、おかあさん。優奈が嘘ついているのがわかったでしょ?」 「嘘じゃないよお!」 夕食をとりながら、杏奈と優奈の姉妹が中にお母さんを交えて言い争いをしてい る。どっちもどっちだ。僕は杏奈のブラジャーの内側に閉じこめられ、身動きも できないままその一部始終を聞いていた。 「嘘じゃないよお!杏奈おねえちゃんが、わたしのちびお兄ちゃんをとったんだ よお!うわあああん!」 「わけないでしょ。」 「とったんだよお!!」 「2人とも静かになさい!」 聞き慣れない声がきこえた。他にも誰か女の人がいたようだ。 「せっかく今日はみんなで一緒に夕御飯が食べられるんだから、喧嘩なんかして ちゃだめよ。」 「そうよね。聖奈は昨日も夜勤だったし、明日は、どうだったけ?」 「日勤深夜よ。だからゆっくりできるのは今日だけ。」 「ほら。だから2人とも喧嘩をするのはやめなさい。」 お母さんと聖奈さんと呼ばれた人が2人がかりでなだめ、ようやく言い争いはお さまった。聖奈さんは、声の感じからして優奈ちゃんや杏奈の更にお姉さんらし い。ふうん、3人姉妹だったんだ。 *****  夕食が終わると、杏奈は手早く歯を磨いてから、そそくさと自分の部屋に戻った。  かちゃり。部屋の鍵を閉める音がした。いよいよか、と思ったら、果たして巨 大な手が現れて、ブラジャーの隙間に挟まれていた僕を掴みだした。  数時間ぶりに見た外界の風景は、視界いっぱいに広がる杏奈の顔だった。 「さあて北郎先輩、」 「な、何をする気だ?」 「私、先輩のこと、気に入ってたんですよ。くく」 杏奈は舌なめずりしながら僕を見つめた。 「だから嬉しくって。」 「僕を家に帰してくれよ。」 「くくく、だあめ。」 僕の言うことなんか聞いてくれないらしい。口調だけはいつもと変わらずに丁寧 なのがよけいに癪に触った。 「僕は帰りたいんだよ。だから家に帰してくれよ!」 「くくく、もったいないですよ先輩。折角いらしていただいたんだから、ゆっく り遊びましょ。そうだ。北郎先輩って、不潔なのはきらいですよね。」 「う、そ、それは、嫌いだけど・・・」 「じゃ、いろんなことを始める前に、取りあえずお風呂に入った方がいいですね。」 「お、お風呂?」 「そう。じゃ、行きますよ。くくくくく」 杏奈は再び僕を胸の隙間に放り込むと、部屋を出てバスルームに向かった。僕は 再び杏奈の巨大な胸元の虜になった。ここで暴れてもどうにもならないことはも うわかっている。  バスルームに向かう途中で優奈ちゃんらしき声が聞こえた。 「あ、杏奈おねえちゃん、わたしのちびお兄ちゃんを返してえ!」 「うるさいわね。まだそんなことを言ってるの?」 バタン!!がちゃ。バスルームのドアが閉まった。 ***** 「放せ!放せよ!」 バスタブに浸かった杏奈から視線をそらしながら、僕は大きな声で叫んだ。僕自 身も杏奈の手のひらにのせられたままお湯に浸っている。 「いいじゃないですか。どうせさっきまで私のブラの中にいたんじゃないです か。さあ、こっちを向いて下さいよ。」 「うるさい!」 僕は癇癪をおこして杏奈の手から飛び出した。一面はお湯の海である。 「あらあら、そんなに無理しなくたって・・・」 背中に杏奈の嘲笑する様子が目に浮かぶようである。ふん!僕は水泳が得意なん だぞ!こんなバスタブくらい、プールだと思えばへっちゃらだい。  と思ったんだけど実際には全然へっちゃらではなかった。バスタブの縁はつる つるで掴まることができない。だから泳ぎ続けるしかないんだけど、お湯の中で 泳ぐってのは意外と体力を消耗するものだったのだ。しかも頭ものぼせてしま う。心臓がどくんどくんと早鐘のように脈打った。どのくらい泳いだだろう。な んだか半日も泳ぎ続けているような気がする。僕は疲れ切ってへとへとになって しまった。このまま溺れちゃうんだろうか?思考もどんよりと不透明になってきた。  そのとき、ぼんやりと湯気で霞んだ視界の先に岸が見えた。やった!僕は最後 の力を振り絞ってその岸の斜面に泳ぎ着き、先端の出っ張りにしがみついて息を ついた。ふう、助かった。この出っ張りが何なのかなんて考えるゆとりはなかっ たのだ。 「きゃははあ、くすぐったあい!」 急に頭上から割れるような大声が響いて、僕の思考がふいに鮮明になった。 「くくく、先輩、可愛いですよ。自分から私のおっぱいに乗りにくるなんて、や りますねえ。」 ・・・え?・・そ、そうだったのか。ちっくしょう! 「う、うるさい。ちょっとつかれただけだよ!」 「あら、そうですか。くくくくく」 ざばあああああん。ふいに凄い水しぶきが上がって、僕の身体はつかまっている 杏奈の乳首と一緒にぐんぐん上昇していった。 「うわああああ、どうしちゃったんだ?」 「いつまでもタブに浸かっていたらのぼせちゃうでしょ。そろそろシャワーでも 浴びようかと思って。」 杏奈は僕をおっぱいの上にのせたままシャワースペースに移動した。僕はすべす べした杏奈のおっぱいにへばり付いていた。だいあなのおっぱいほどじゃないけ ど、それでも小山のような大きさだ。こいつ、胸はまだ小さいと思ってたのに。 これじゃ取りあえず落ちるような気はしないな。だけど気恥ずかしかったので僕 は杏奈に叫びかけた。 「あ、あ、危ないじゃないか!」 「あら、先輩、その方が危なくないと思いますよ。それに可愛いし、くくく。」 杏奈は巨大な人差し指で僕の頭をつんつんと小突いた。 「やめろ!こら!僕を下に降ろせ!」 「いいんですか?私はそのままの方がいいと思いますけど?」 「いいから降ろせ!」 僕が凄い剣幕で怒鳴ったので、杏奈はにやにや笑いながら僕をつまみ上げ、自分 の足元においた。足元から杏奈を見上げる。大きいなあ。改めて杏奈の大きさに 圧倒される。見上げても見上げても、まだずうっと上に向かって脚が伸びてい る。恰好のいいお尻が見えて、その上は首が痛いからもう見たくもないや。 ちぇっ、小泉杏奈なんて、ほんとは僕よりずっと背が低いはずなのに・・・。気 分が悪いので僕は杏奈の足元から少し離れた位置に立った。 「ほんとにそれでいいんですか?私のいうことを聞いていた方がいいと思います けど。」 「いいったらいい。これでいいんだ。僕にかまうな!」 「くくく、そうですか。じゃ、私は一人でシャワーを浴びますからね。先輩はそ こでお待ちになっていて下さい。くくく」 ばばばばばばばばば。突然、拳大の水滴が大量に降り注いできた。危ないなあ。 僕は両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。 「!」 四方から温水の大津波が僕に襲いかかってきた。そうか、これだけ大量の水が 降ってくれば、排水口に向かう水の流れも激しくなるわけだ。感心している場合 じゃないぞ。流されたら大変だ。踏ん張っているだけじゃ無理だな。何かにつか まらなくっちゃ。だけど・・・周りには何もないぞ。つるつるのタイルばっかり だ。シャワースペースの敷居は高すぎて、とても越えて逃げることはできそうも ないし。悔しいけど、小泉杏奈の身体に掴まるしかないな。僕は流れに足をとら れながら、なんとか杏奈の足元に近づいて、そしてそのそびえ立つ素足にしがみ ついた。といっても、実際に僕が掴まることができたのは小指の先だったんだけど。 「止めてくれよお!小泉い!止めてくれよお!流されちゃうよお!!」 僕はそこで必死に叫んだ。でも杏奈は素知らぬ顔をしてシャワーを浴び続けてい る。聞こえないんだろうか?聞こえないふりをしているんだろうか?どっちにし ても聞いてもらわなきゃ。このままではシャワーの激流に流されて死んでしまうよ。 「止めてくれよお!お願いだよ!シャワーを止めてくれよお!」 杏奈は振り向いてくれようともしなかった。痛い。大粒の水滴が、真上を向いて 叫び続ける僕の顔を容赦なくたたきつける。息をつくこともままならない。もう だめか。杏奈の巨大な足の小指を抱え込んでいた僕の両腕が弛緩した。あっとい う間に僕の身体は暖かな激流に呑み込まれ、渦を巻きながら排水口に押し流され ていった。必死になって排水口の格子にしがみつく。格子の隙間は楽々僕を通り 抜けさせるほどの間隔だ。少しでも力を緩めたら、真っ暗な排水溝の中に叩き落 とされてしまう。だけどここは特に温水の流れが激しいところだから、水位は僕 の頭の高さよりもあり、格子にしがみついている限り息を継ぐことはできないん だ。ごぼごぼごぼ。苦しい。もう息が続かないよ。こんどこそだめだ。僕は観念 して目をつむった。  諦めて僕が両手を放したのと、僕の腰の辺りが急に締め付けられて上空に持ち 上げられたのは同時だった。間一髪、杏奈が僕をつまみ上げてくれたんだ。 「くくく、先輩、下に降りた方が良かったですか?」 「・・・・・」 「お返事がないですねえ。じゃ、やっぱり下の方がいいのかな?」 杏奈はまた僕を足元に降ろそうとした。遥かに見える下界には、なおも激流が渦 巻いている。 「や、やめろ!やめてくれ!下に降ろすのはやめてくれよ!」 「くくくくく」 杏奈は僕を目の前に持ち上げた。満面に勝ち誇った笑みが浮かんでいた。 「ほうらね。だから私のいうことを聞いておけば良かったでしょ。くくく」 僕は悔しくて、眼前いっぱいに広がる杏奈の嘲笑から視線をそらした。  ***** 「ええ?まだ何かするのか?もうたくさんだよ。僕はもう疲れちゃったんだよ!」 「何を言ってるんですか先輩。やっと、準備ができたばっかりじゃあないです か。くくく。まだまだ、夜は長いですよ。」 部屋に戻ってから、僕と杏奈は再び口論を始めていた。僕はだだっ広い杏奈の ベッドの上にぽつんと立たされている。素っ裸のままだ。バスタオルを胸の辺り に巻いた杏奈は、床に腰を降ろしたままにたにたと笑って僕を見下ろしている。 「このまま寝るのも芸がないじゃないですか。」 「芸がないって、じゃ、何をしようっていうんだ?」 「何をって、」 杏奈はにたりと笑った。 「男の子が女の子の部屋に泊まりに来て、することっていえば決まってるじゃあ ないですか。それに、私、前から先輩のことがちょっと気にいってたんですよ。」 僕はどきりとした。そんな、まさか・・・ 「エッチしましょ、エッチ。」 杏奈はベッドの上に腰をかけると、僕を両方の太股の間に置いた。両側から迫る 質感たっぷりな肉壁に圧倒されながら、それでも僕は真正面に見えるものから視 線をそらした。 「やめろ!僕はそんなつもりはないぞ!」 そりゃあ麻美ちゃんには相手にされてないし、その次に学校で可愛いっていえば この小泉杏奈なんだろうけど、でもこの状況でエッチするつもりにはなれない。 だいたいエッチってのは、男の子が女の子に脅されてするものじゃないぞ。それ にこれだけ体格差があるんだから物理的にも不可能さ。 「そんなあ、先輩、私って、そんなに魅力ありません?」 杏奈は笑いながら、そっぽを向いていた僕を親指と人差し指で摘みあげた。 「じゃ、先輩もその気になるようにサービスしちゃいましょうか。くくく」 ばたばたと抵抗する僕をものともせず、杏奈は僕を股間に近づけた。 「見たことないんでしょ?女の子の大事なと・こ・ろ」 「やめろ!やめろ!そんなもの、見たくもないやあ!」 ほんとは見たくてたまらなかったんだ。だけど、こんな恥ずかしい状況で力づく で見せられるってのは嫌だ。屈辱だ。僕は両手で目を被った。何も見えなかった けど、ぷうんと酸っぱくて生ぐさい臭いがした。 「やめろ!やめろ!」 「あらあら、無理しないでくださいよ。私だって恥ずかしいけど、北郎先輩だっ たらいいって思ったんです。目を開けてくださいよ。見ちゃったら、先輩もやり たくなっちゃうんじゃないかしら、くくく」 「やめろ!やめろ!誰がこんな状況でお前なんかとエッチするもんか!やめろ! やめろおおおお!」 「・・・先輩、まだお立場がわかってらっしゃらないようですね。」 はっとして僕は目を開けた。杏奈は僕を再び彼女の目の高さにぶら下げていた。 「私が決めたんですよ。どうして逆らうんですか?」 「だって、嫌なものは嫌だよ。」 杏奈の目が冷たくなった。奇妙なことに、ぞくりとするほど綺麗だった。 「・・・優奈にいたぶられて、ちょっとはわきまえたかと思いましたよ。バス・ ルームでも、私のいうことをきいた方が良かったってことがわかったじゃないで すか。いいですか、先輩は虫みたいに小っちゃなこびとなんですよ。それは私は 北郎先輩の下級生ですけど、今は先輩よりはこんなに大きいんですよ。どうです か?それでも逆らってみますか?くくく、じゃ、私もほんの少しだけ指先に力を 入れてみますけど。」 僕を支えていた親指と人差し指の指腹が、僕の上半身を前後からぐいぐいと圧迫 してきた。肋骨が折れそうだ。呼吸ができない。 「うわああああ、く、苦しい!」 「ほらほらほら、もうだめですか?あれれ、力なんか入れてないんですけどねえ。」 「苦しい!痛い!まいった!まいったよお!!」 僕は苦しさのあまりに両手両足をばたばたと動かした。 「くくく、弱いですねえ。それが今の先輩の実力なんですよ。先輩なんてね、私 がその気になれば・・・」 僕を摘んだ指が口元の高さまで降下すると、形の良いピンク色の唇がぽっかりと 開いた。縦横ともに、僕が精一杯背伸びしても届かないほど広い。 「あーん」 「うわあ、やめろ!やめてくれ!食べないでくれ!小泉!」 「んふふ、どうしようかな?やっぱり食べちゃおうかな?あーん」 「やめて!お願いだよ!僕が悪かったよお!」 「くくくくく、小さいって、惨めですねえ。」 杏奈はようやく僕を口元から離してくれた。 「はあ、はあ、はあ」 涙が出てきた。 「あらら先輩、泣いちゃったんですか?くくく、情けないですね。いうこと聞い た方がいいってわかりました?」 「・・・わかった。わかったよ・・・。」 杏奈のいうとおりだ。僕はまだ自分の立場をよくわかっていなかったらしい。頭 ではわかっていても、心の奥では認められないでいたんだ。でも、僕はもう小泉 杏奈の先輩なんかじゃない。ただの小っぽけな玩具だ。目の前の小泉杏奈は、下 級生の可愛い女の子じゃなくて、僕の持ち主なんだ。巨大なご主人様なんだ。 だって、僕は全然彼女にかなわないんだ。いうことを聞かないわけにはいかない じゃないか。認めたくない現実を突きつけられて僕の存在基盤が消失した。 「さて先輩、これはなんでしょう?」 そんな僕に向かって、杏奈は机の引き出しから何かを取り出して見せた。電信柱 ほどもあるそれは・・・ 「・・・は、歯ブラシだろ?」 「ご名答。でもただの歯ブラシじゃありません。」 そういいながら杏奈は歯ブラシの太い柄の下についているスイッチを入れた。ぶ いいいいん。ブラシの部分が小刻みに振動し始めた。 「電動の歯ブラシなんです。手で磨くより歯垢防止には有効なんですよ。」 杏奈は僕に振動している歯ブラシの先を見せた。僕にはブラシの一本一本ですら 50センチくらいのあるように見える。太くなった柄の握りの部分は、おそらく電 池が入っているんだろうけど、直径が1メートル以上はある。 「くくく、それだけじゃなくって、この歯ブラシには他にも便利な使い道がある んです。」 杏奈は歯ブラシの電動スイッチを切ると僕を柄の部分にひょいとのせた。 「うわ!何をするんだ!危ないじゃないか!」 「くくく、まだですよ。危ないかもしれないのはこれからです。良く掴まってい てくださいね。」 そして杏奈はブラシの先を軽くつまむとむと、再び電動スイッチを入れた。ぶい いいいん。 「うわあああああ、あ、あ、あ、あああ!!」 今度は杏奈が掴んでいるブラシ側が支点になって、僕の乗っている柄の方が振動 し始めた。 「あああ、危ない!落っちゃうよお!!」 「くく、だから良く掴まっていてくださいって言ったじゃないですか、くくくくく」 そんなこと言われたって、僕の乗っている柄の部分は太くなっていて、両手を広 げても抱えきれないくらいなんだ。しがみつくのも大変だよ。 「良く掴まってないと、これからはもっと大変ですよ。くく」 え?これだけじゃないの? 「こ、これからって、これから僕をどうするんだ?」 杏奈は歯ブラシの柄に必死でしがみついている僕を目の高さに持ち上げて悪戯っ ぽく笑った。 「やだなあ先輩、もうお忘れになっちゃったんですか?さっき『エッチしま しょ』って言ったばかりじゃあないですか、くくく」 「エ、エッチ・・!」 杏奈の意図がやっと見えてきた。慄然とした。 杏奈はベッドに腰を下ろして開脚しながら、股の付け根の部分に歯ブラシの柄を 近づけた。僕は慌てて逃げ出す、ことはできなかった。ぶるぶると振動する歯ブ ラシの柄から振り落とされないよう、しがみついているのがやっとだったのである。 「はあい、じゃあいきますよ先輩。」 「や、やめろおお!やめてくれええ!!」 「くくく、やめません。よおく息を吸っておいて下さいね。」 息をよく吸っておく。その意味は良くわかった。僕は怖ろしさのあまりに目を閉 じながら、大きく息を吸い込んだ。さっきちょっとだけ嗅いだ、生臭くて、そし て妙に酸っぱい臭いだった。  次の瞬間、僕はぬめりとした暖かい洞窟に、頭を先にして突っ込まれていた。 目をつむったままである。僕が腹這いになってへばりついている歯ブラシの柄は 小刻みに振動している。背中の方にまとわりついている杏奈の粘膜面は、それほ ど小刻みではないけれど、でもやっぱりぷるぷると震えているように思われた。 その振動のサイクルが微妙に違うので、僕は乗り物酔いになってしまいそうだっ た。背中に触れる粘膜の面も、表面こそぬめぬめとしてはいたが、全体としては 決して平坦でなく、むしろ桜桃大の突起が無数に敷き詰められているようだった。 「あふうん。入っちゃったあ。ふうん。先輩、どうですかあ?私の中に入った気 分わあ?」 僕の掴まっている電動歯ブラシの柄が、ぶいいいいんという小刻みな振動の他 に、前後に忙しなく動き始めた。ピストン運動だ。杏奈が自分の手でしこしこと 出し入れしているんだろう。僕は振り払われないよう、しっかりと柄にしがみつ いた。この柄から手を放したら、2度と生きては外に出られないだろうから。 「あはん、はあ、はあ、先輩、感じますかあ?はあん、ああ、ああん」 歯ブラシの柄は、上下左右にも荒々しく揺れ始めた。相当派手に動かしているん だな。僕の乗り物酔いもいよいよ酷くなってきた。 「ああ、あはあ、あがああ、いい、いいわあ、せんぱあい、はあ、はあ、ああ苦 しい、ああ、いきそう!!」 苦しいのは僕の方だよ。だってこんな穴の中に突っ込まれて、呼吸ができないん だぞ。もう息が続かない。呼吸を止めているのも限界だ。無駄かもしれない、い や無駄に決まっているんだけど、僕は我慢できずに息を吸い込んだ。 「げふ!」 やっぱり新鮮な空気なんか入ってやこなかった。僕の口の中に、生臭くて酸っぱ い粘液がどっと流れ込んできた。慌てて吐き出そうとしたけれど、僕の肺の中に は十分な呼出にたりるだけの空気のストックがない。まずいことに、この時僕の 周辺の空間が更にせばまったので、むしろ液圧に負けてねばねばした液が気管に 向かって逆流し始めた。 「ごぼごぼごぼごぼ」 苦しい!こんなところで溺れ死んでしまうのか。苦しさと情けなさで胸がいっぱ いになった。 「ああ、あがあああ、ああ、いい、いい、先輩、凄い、凄い、あ、あああああああ」 朦朧とした僕の意識の片隅に、杏奈の悶える声がうつろに響いた。ふいに、何か が背中から僕を歯ブラシの柄に思いっきり押しつけた。それは粘膜のはずなの に、岩のように堅く、力強かった。挟まれた僕は、腹腔と胸腔をぐりぐりと押さ れて、口から粘液を吐き出した。 「ぐわああ、き、北郎せんぱああああああい!」 押し潰されそうな強烈な収縮の後、ふいに圧力が止んだ。気怠い静寂の後、ゆっ くりと歯ブラシの柄が後退し始めた。ごわごわした暖簾のようなものをくぐる。 涼しい風を背中に感じる。目を開ける。大きく息をつく。・・・空気だ。僕は、 死んではいなかったんだ。  歯ブラシを胸元に構えながら、杏奈はのけぞって荒い息をついていた。 「はあ、はあ、先輩、良かったわあ、はあ、先輩が中にいるって思うと、はあ、 はあ、何だかとっても気分よくって、はあ、はあ、いつものおなにいとは比べも のにならないほどでしたよ、はあ、はあ、北郎先輩って、はあ、最高の玩具です ね、はあ、はあ、くくく」  助かった。確かに僕の命は助かった。だけどこれは悪夢だ。悪夢の中の悪夢 だ。いっそ、あのときに死んでいた方が良かった。 *****  地獄のような歯ブラシの柄の上からやっと開放されて、僕はベッドのシーツの 上で惚けたように倒れていた。その間に、杏奈は手早く下着をつけ、歯ブラシを 洗い、ネグリジェを羽織ってベッドに戻ってきた。  頭上から杏奈が見下ろしている気配を感じた。でも、もう僕にはなにもできな い。目をつむってそのままぐったりと横になっている。僕の全身はべとべとで つーんと酸っぱい変なにおいがしていた。それも今や僕にはどうでもよくなって しまっていたのだが、杏奈は見逃さなかった。 「くくく、やだわ、先輩ったら、全身私のあそこの臭い。」 杏奈は僕を摘みあげると、わざとらしく鼻先でくんくんと匂いを嗅いだ。 「くっさあい!たまりませんね。くく。どうします?またお風呂に入りますか?」 「・・も、もう、沢山だよ・・・」 「くくく、そうですか、くくく。でもこんな臭いじゃ、恥ずかしくって、外にな んか出しておけませんね。」 杏奈はネグリジェの裾をまくると、僕をパンティーの中に放り込んだ。むわっ。 さっき嫌というほど嗅がされた臭いが充満している。 「やめろよお、出してくれよお!僕をここから出してくれよお!!」 「先輩、静かにして下さい。もう今晩はゆっくり遊んだじゃないですか。寝る時 間ですよ。夜更かししすぎたら、明日の朝遅刻しちゃうかもしれないでしょ。」 突然、世界が真横になった。杏奈が横になったらしい。ええい、なら這い出すま でだ、と思ったらパンティーの外側から大きな手で押さえつけられてしまった。 「くくく、わかってると思うけど、逃げだそうとなんかしない方がいいですよ。 そこは私の敏感なところだから、這い出そうとすればすぐわかっちゃいます。逃 げてるところを見つけたら、踏みつぶしちゃいますからね。くくく、ほんとです よ。だって先輩みたいなおちびなんか、踏み潰すのわけありませんから。そうそ う、だあれも気がつくはずありませんしね、くくくくくくくく」 *****  僕は小泉杏奈のパンティーの中で、まんじりともできない一夜を送っていた。  あれはただの脅しなんかじゃない。逃げているところを見つかったら、本当に 殺されちゃうと思う。じゃ、ずっとこのままでいるか?いや、それでも逃げる ぞ!このままここにいたって、散々なぶりものにされたうえに、結局いつかは殺 されてしまうに決まっている。どうせ殺されるんだったら、さっさとやられてし まう方がまだましさ。  明け方が近づいた頃、僕は意を決して杏奈のパンティーから這い出した。抜き 足、差し足、気づかれなかったかな?幸い杏奈は大股広げたまま眠っている。な んだ、寝ぼすけだなあ。これなら楽勝だ。僕は布団を伝ってベッドから床に降 り、ドアの隙間をくぐって廊下に出た。ふう、とりあえず部屋からは脱出した ぞ。さあて、これからどうしようか?僕は廊下の真ん中で考え込んだ。  その時、杏奈の部屋のドアがばたんと開いた。 「先輩・・・逃げましたね。そこにいるのはわかってますよ。」 頭の中が瞬時に真っ白になった。まずい。ばれちゃった。やっぱり踏み潰される のかなあ。ずうううん。ずううううん。ずうううううん。地響きを伴った足音が 迫ってくる。だめだ。僕は杏奈に背を向けたまま観念してその場にしゃがみ込 み、両手で頭を抱えた。  ずううううううん。  大音響を発して、巨大な素足が僕の目の前に着地した。僕は指の隙間からこわ ごわとその目の前の巨大な踵を見る。目の前の・・え?目の前?・・じゃ、僕を 跨いで行っちゃったの?そう、杏奈は通り過ぎて行ってしまったのだ。 「先輩、早く出てきて下さい。隠れていると、後でいいことがないと思いますよ。」 そうか、まだ薄暗がりだから、杏奈は僕が見つけられなかったんだ。チャンス! 僕は急いで、でも足音を立てないように注意しながら、廊下の隅に避難した。 「先輩、ここにいらっしゃるんでしょ?そんなに遠くへは逃げられないはずだ わ。出てこないんですか?じゃ、ゆっくりと探しますよ。見つかったらどうなる か、知らないですよ。」 そんなこといって、僕が自発的に出ていっても、どうせひどくいじめるんじゃな いか。僕は廊下の壁を背にして凍り付いていた。 「くくく、どうせ壁際に貼り付いているに決まっているわね。」 杏奈はしゃがみ込んで、廊下の壁づたいに僕を捜し始めた。まずい。これではい ずれここにいることもばれちゃう。でも、もう移動できない。今、動いたら、 やっぱり場所を教えることになっちゃうからな。 「せんぱあい、どこにいらっしゃるんですかあ?くくくくく」 杏奈の巨大な姿がすぐそこまで迫ってきた。もう見つかるのも時間の問題だ。絶 対絶命!  そのとき、僕が背にしていた壁が大きく内側に開いた。 「杏奈、こんな時間に何やってるの?」 聖奈さんだ。優奈ちゃんと杏奈のお姉さんだ。よし。僕は開いた扉の隙間から聖 奈さんの部屋に逃げ込んだ。 「え、な、なんでもないわ。その、そう、廊下にヘアピンを落としちゃったんで 探してたの。」 「ヘアピン?」 廊下の外では杏奈と聖奈さんがまだ話し続けている。 「そんなの夜が明けてからゆっくり探せばいいでしょ。」 「う、だ、だけど、き、気になって、眠れないのよ。」 「私はあなたの声がうるさくて眠れないわ。明日から日勤深夜なんで、今晩眠れ ないと大変なのよ。だからあなたももう寝なさい。」 「でも」 「寝なさい!」 聖奈さんは声を荒げた。さすがに今度は杏奈も逆らうことはできないようだった。 「そうそう杏奈」 ふいに聖奈さんは声のトーンを落とした。 「ひとり遊びもいいけど、もうちょっと声を小さくしなさい。よく聞こえたわ よ。はしたない。」  *****  聖奈さんの部屋に入ってから考えた。これからどうしよう?聖奈さんに助けて くれってお願いしてみようかな?・・だめだ。止めた方がいい。だってあの2人 のお姉さんだぞ。これまた僕に凄い意地悪をするかもしれないじゃないか。こん な家、できるだけ早く脱出しよう。そのためには・・やっぱり聖奈さんにくっつ いて一緒に出勤するのがいちばんだな。  薄暗い中で辺りを見回す。ベッドの傍らにハンドバッグらしいものがあった。 出勤のときにはこれを持っていくに違いない。よし。じゃ、先回りしてこの中に 隠れていよう。そうすれば今朝みたいに寝過ごしちゃっても確実にこの家から脱 出できるぞ。僕は半開きになっていたそのハンドバックの中に潜り込んだ。  ハンドバッグの中には細々としたものが沢山つまっていた。さて、一寝入りし たいけど、ベッドの替わりになるようなものはないかな。お、これなんかふかふ かしていいな。なんだろ?・・・せ、生理用品だ。危ない危ない。こんな中に埋 まって寝ていて目を醒ましたら使用中だった、なんてことになったら大変だもん な。読者は喜ぶかもしれないけれど。これは何だろう?ポケットティッシュだ。 こっちの方が安全だな。僕はポケットティッシュのパックの中に潜り込んで、よ うやく安心して眠ることができた。こびとにされてから2晩め。今日は波瀾万丈 の一日だったなあ。 *****  ぐらりという大きな振動で目が醒めた。 「行って来まあす。」 聖奈さんの声だ。今、出勤するんだな。まだ朝早いのに。やっぱり僕は寝過ごし ちゃったよ。あらかじめハンドバックの中に隠れていて正解だったなあ。  電車やバスを乗り継いで、聖奈さんは受毛大学の附属病院にやってきた。そう か、聖奈さんは看護婦さんだったのか。でも受毛大学附属病院ってのはラッキー だぞ。だって僕の家のすぐそばだもんね。ここからなら隙を見計らって逃げ出せ ば、きっと自力で家にたどりつけるよ。  ロッカールームに入ると、聖奈さんはハンドバックをロッカーの棚に置いた。 そして私服から白衣に着替え終わると、ばたんとロッカーの扉を締めて行ってし まった。よおし、チャンス到来。じゃ、とりあえずここから抜け出そうかな。そ う思ってポケットティッシュから身を乗り出そうとすると、再びロッカーの扉が 開いた。 「そうそう、ティッシュは白衣のポケットに入れておかなくちゃ。」 聖奈さんはハンドバックに片手を突っ込んで、僕の隠れているポケットティッ シュを鷲掴みにすると、無造作に白衣のポケットにねじ込んだ。 「聖奈さあん、朝食の配膳手伝ってえ。」 「はあい」 聖奈さんがどたどたと歩き出す。僕はその白衣のポケットの中に閉じこめられて しまった。あーあ、これじゃ家に帰る計画は、またしばらくお預けだあ。 *****  聖奈さんは、トレイに載った患者さんの朝食を電子レンジに入れてチンして る。ぷうんと美味しそうな匂いが漂ってきた。ええと、これはクリームシチュー の匂いだな。む、この香ばしい感じは揚げ物も一品ついているに違いない。ぐる るるる。お腹が空いたなあ。そういえば、一昨日の晩から何にも食べてないん だ。ああ、食べたいなあ。家に帰るのはひとまずおいといて、何とかしてあのご はんを食べる方法はないかなあ・・・って、無理か。聖奈さんに見つからずに白 衣から出てあのトレイに行くことなんてできっこないよね、奇跡でも起こらない 限り。  奇跡って、意外と起こるものだった。聖奈さんは自動ドアで遮られた狭い部屋 に入ると、棚の上に朝食のトレイを置き、そして何を思ったのか白衣を脱ぐと手 ぶらでカーテンで遮られた更衣スペースに行ってしまった。やったあ!千載一 遇。ごはんは患者さんの部屋に直接持って行くんじゃなくて、この棚の上に置い ておくんだね。しかもご丁寧に僕をそのすぐ隣に置いてくれるなんて、ついてる なあ。僕はポケットからトレイの上に這い出した。うわあ、凄い!美味しそうな ごちそうの山だ。やっぱりクリームシチューだったよ。揚げ物はコロッケかな? 温野菜もついてるね。それにレーズン入りのロールパンとパックの牛乳だ。朝ご はんの割にカロリー高いね。しかもこんなに沢山あるんだ。全部食べると太っ ちゃうよ。だから、僕がちょっとだけ食べてもいいよね。へへへ。いただきまあ す!とりあえず、まずはこのロールパンから・・  そのとき、大きなマスクをかけた聖奈さんがガウンを羽織って更衣スペースか ら戻ってきた。ひゃあ!もう帰って来ちゃったの?まずいなあ。僕は慌ててロー ルパンの陰に隠れた。でもここじゃ見つかりそうだぞ。そうだ!僕はロールパン の皮に両手で大きな裂け目を作り、そこからふかふかな内部に潜り込んだ。これ なら見つからないだろう。それにまわり中が美味しいパンだから、僕も隠れなが ら朝ごはんの続きができるよ。へへ、いいアイディアだろ?  もしそのまま聖奈さんが行き過ぎてしまっていれば、それは確かに良いアイ ディアだったのだと思う。だけど聖奈さんは、僕の隠れている朝食のトレイをむ んずと持ち上げてしまったのだ。 ***** 「おはよう、早川さん。」 「おはようございます。」 「もう、顔は洗った?」 「うふふ、やだなあ、もうとっくに洗いましたよ。」 「あらごめんなさい。じゃ、はい、朝ごはんよ。」 「はあい。」  僕は朝ごはんのトレイごと、更に奧の病室に運ばれていた。声を聞く限り、患 者さんは女の子みたいだな。そうか、やっぱり食事は直接病室に運ばれるんだ ね。そう考えたところで、背筋が冷たくなった。と、いうことは、僕は今まさに これから朝ごはんを食べようとする患者さんの前に置かれたロールパンの中にい るんだ。ど、どうしよう?このまま隠れてたら食べられちゃうぞ。だけど、この 状況で逃げ出すことは不可能だ。だって目の前にその患者さんがいるんだもの。 困ったぞ。八方塞がりだ。  思い悩む僕を後目に、「早川さん」と呼ばれた患者さんは食事を摂りはじめ た。かちゃり。ぺちゃぺちゃ、もむ。これはシチューだな。かりかり、もむも む、ごくん。あ、今度は揚げ物を食べたね。いいなあ。「早川さん」はごはんを 食べ続ける。・・・だけど、いつまでたっても僕の隠れているロールパンは持ち 上げられない。どうしてかなあ? 「・・・あーあ、ダメだわ。どうもレーズンって好きになれないのよね。残し ちゃおうかな?」 そうかあ!レーズンが嫌いだったんだ。やったあ!!残していいよ。いいとも さ!そしたら僕は残ったパンと一緒にこの部屋から下膳してもらって、その後は なんとか家にたどり着く算段を考えるぞ。僕は躍り上がって「早川さん」がナー スコール越しに聖奈さんと話す声を聞いた。 「ぷち。はあい」 「あ、食事、終わりましたあ」 「ちゃんと全部食べた?」 「え?あ、あのう、パンを残しちゃいました・・」 「あら、どうして?」 「レーズンが苦手なんです。」 「だめよ好き嫌いしてちゃ。何でも食べないと体力がつかないわよ。ちゃんと残 さずに食べて!」 「は、はあい」 「じゃ、パンを食べ終わったころにしにいきますからね。ぷち」 せ、聖奈さん、余計なことはいわないでよ。ほんとうにこの姉妹は揃いも揃って 意地悪なんだからあ。僕は頭を抱え込んだ。そのとき・・・ああ、ロールパン が、僕の隠れているロールパンが空中高くに持ち上げられていった。 「しょうがないわ。確かに好き嫌いは良くないわね。我慢しなくちゃ。」 我慢なんかしなくていいよ。僕はパンの皮の裂け目からこわごわ外の様子を窺った。 「あーん」 僕の目の前に、ぱっくりと大きな口が広がっていた。ぐんぐん近づいてくる。ダ メだ。食べられちゃう。僕は思わず大きな声を出した。 「やめて!食べないで!お願いだ!食べないでよお!!」 声を出したとき、僕の身体はもう真っ暗な口の中に入っていた。一抱えもありそ うな大きな歯が降りてきて、僕の身体をぐしゃぐしゃに押しつぶしてしまう、と 思った。でも、幸いなことに口は閉じられず、僕は再びロールパンごと口の外に 出してもらった。良かった、気づいてもらえたらしい。 「だあれ?誰かいるの?」 そのかわり、「早川さん」という名の女の子はパンの中を注意深く覗き込んでき た。もう、隠れているわけにはいかないだろう。僕はパンの皮の裂け目から頭を 出した。 「・・・僕だよ。」 「あ!・・・こ、こびと・・」 ネグリジェを着た女の子が、僕を見つけてびっくりしていた。僕と同い年くらい かな。髪の毛は肩くらいまで。痩せ気味で透き通るほどに色白だ。もちろんすご く大きい。でも・・でも、可愛いなあ。こんな可愛い子は見たことないぞ。麻美 ちゃん以上だな。小泉杏奈なんて問題にもならないよ。そんな可愛い子が、また 小泉杏奈みたいに僕をいじめるんだな・・・。僕は杏奈の部屋で過ごした地獄の ような一夜を思い出して、背筋が冷たくなった。 「え、ええと、ここに降りられるかしら?」 女の子は僕の前に手のひらを差し出した。僕は恐る恐るロールパンから這い出し て女の子の手のひらの上に降り立った。女の子はそのまま僕をもっと顔に近づけた。 「まあ、なんて小さいのかしら。うふふ」 女の子は指先で僕を突っつきながら、じろじろと僕の身体を観察し始めた。僕は 裸で恥ずかしかったので、両手でこっそりとおちんちんを隠した。 「可愛いわ、うふふ。こびとさん、お名前は?」 「ぼ、僕は東九条北郎。」 「あら、ちゃんとお返事できるのね。立派だわ。うふふ。それで、いくつなの?」 「15歳。中学校3年生だよ。」 「15歳?あら、同い年ね。ごめんなさい。わたし、北郎君にまるで子供みたいな 話し方をしてしまったわ。」 女の子は急に口調を改めた。 「わたしは早川寛子です。はじめまして。わたしも15歳よ。」 女の子は手のひらの上の僕に向かって軽く小首を曲げて挨拶した。笑うと目がな くなってしまう。可愛いなあ。まるで悪いことなんかしそうにないぞ。いやい や、小泉杏奈も優奈ちゃんも、見た目だけなら随分可愛いじゃないか。それでい て悪魔のように残酷なんだよ。僕は手のひらの上で後ずさりしながら尋ねた。 「ぼ、僕を玩具にして、あ、遊ぶんだな?」 「玩具?」 女の子は怪訝な表情をした。 「い、いろんなひどい悪戯をしようと思ってるんだろ?」 「まさか」 女の子は軽くかぶりを振った。 「確かに北郎君はとっても小っちゃいけど、でも、わたしと同い年の男の子よ。 玩具になんかできないわ。」 嘘をついているような感じではない。 「そうそう、わたし、勝手に北郎君なんて呼んじゃったけど、それで良かったか しら?」 「う、うん」 僕はだんだん安心してきた。この子はどうやら心の優しい子らしい。 「じゃ、ぼ、僕は、君のことを、ひ、寛子ちゃん・・って、呼んでもいいかな?」 「勿論よ、北郎君。」 寛子ちゃんはにっこりと微笑むと、僕をテーブルの上に降ろしてくれた。これは 食事のときなんかに使うオーバーベッドテーブルで、この上からなら僕と寛子 ちゃんは顔をつきあわせてお話しを続けることができたんだ。 「15歳ってことは、君も中学校3年生なんだね?」 「ほんとはね」 寛子ちゃんは悲しそうに笑った。 「でも、もう半年も学校には行ってないのよ。こんな病気になっちゃったか ら・・・」 「どんな病気なの?」 「・・・再生不良性貧血っていうの。」 寛子ちゃんは自分の病気につて僕に話してくれた。再生不良性貧血になると骨髄 で赤血球が作れなくなるので、とってもひどい貧血になって、身体に力がェ入ら なくなってしまうんだって。 「立ち上がることもできなかったの。」 「ふうん」 薬はあまりよく効かないから、貧血に対しては輸血をするしかないんだけど、あ んまり頻回に輸血をすると肝炎になってしまうおそれもあるし、なかなか厄介な んだってさ。それで寛子ちゃんは、思い切って骨髄移植を受けてみることにした んだって。 「骨髄移植?」 「そう。元気な人の骨髄液をもらってきて、わたしの骨髄の中に入れたの。これ がうまく根付いてくれれば、わたしの貧血も良くなるはずなのよ。」 「そうかあ、そりゃ良かったじゃないか寛子ちゃん。」 「うん。だけどね、」 移植された骨髄細胞が増えてくるまでの間、寛子ちゃんの抵抗力はひどく弱って いるので、とっても病気にかかりやすいんだそうだ。 「だから、ずっとこの無菌病室に入院したまま、お見舞いもなしに一人きりなの。」 寛子ちゃんは床頭台の引き出しから携帯電話を取りだした。 「前はときどきこれでお友達ともお話ししてたのよ。ほんとは病室で使うのは良 くないらしいんだけど、看護婦さんたちも大目に見てくれてたわ。だけど・・・」 「だけど?」 「だけど、最近は嫌になっちゃった。」 寛子ちゃんは携帯電話を元の引き出しに戻してしまった。 「どうして嫌になっちゃったの?」 「だって・・・みんな楽しそうなんだもん。勉強のことや、クラブ活動のこと や、学校行事のことなんかでとっても忙しそう。わたしは全然参加できないって 思ったら、悲しくなっちゃって・・・」 「だめだよ、そんなことでくじけてちゃ。病気がなおれば、また寛子ちゃんもみ んなと一緒に勉強したり遊んだりできるんだから。」 「・・・」 「病気に負けちゃいけないよ。ここは頑張って、早く良くなって退院するのさ。」 「・・・う、うん。そうね。ありがとう。そんなこといって慰めてくれるのは北 郎君だけだわ。・・・ねえ、北郎君、お友達になってくれない?」 「え?」 「しばらくここにいて、わたしとお話ししていて欲しいの。お願い!」 寛子ちゃんは僕に向かって両手を合わせた。 「いいよ。じゃ、僕をしばらくこの部屋に居候させて。」 「わあい!」 寛子ちゃんは思いきり万歳した。そのとき、トレイを下げに聖奈さんが入ってきた。 「は、早川さん、どうしたの?」 「あ、なんでもありません。」 寛子ちゃんは急いで手の中に隠した僕に向かって、ぺろりと舌を出した。 *****  聖奈さんがナースルームに戻ったあと、寛子ちゃんはまた僕をテーブルの上に 載せてくれた。 「病室では、日頃どんなことをしてるの?」 「もおお、退屈なだけ。」 寛子ちゃんはお手上げのポーズをした。 「勉強でもしてればいいのかもしれないけど、そればっかりじゃつまらない し・・・。ここに持ち込んだ漫画も、もう読み飽きてしまったわ。」 寛子ちゃんはベッドサイドに積まれている漫画の単行本の山から一冊を取りだした。 「これは庄司陽子先生のガイアの娘。わたしのいちばんのお気に入りなの。さす がにこれも飽きちゃったけどね・・・北郎君は読んだことある?」 「ないなあ。」 「あらそう、残念ね。第3巻には主人公たちがGTSになるエピソードもあるの よ。宝の地図にも出ているわ。」 「あ、それってもしかしたら#191のこと?」 「そうそう、そうよ。北郎君、凄いわねえ。」 「いや、そんなことないさ、はははははは」 「うふふふふふふ」 寛子ちゃんは笑うとまた目がなくなってしまった。可愛いなあ。僕はこびとにさ れてから初めての心のやすらぎを覚えていた。 「ねえ、次は北郎君のことを教えてよ。北郎君、趣味とか関心を持ってることっ てあるの?」 「関心を持ってること?関心を持ってることっていえば・・・実は世界征服なん だ。」 「え?世界征服?それ、どうやってするの?」 「ふぁっふぁっふぁ、寛子ちゃん。それじゃ、君だけに僕の秘密の世界征服計画 を教えて上げよう。」 「わあい、わくわく」 *****  僕たちは時間のたつのも忘れて話し続けた。ほんとうに話は尽きなかった。こ のままずっと2人っきりでいられればいいと思った。  夜中の1時を過ぎた頃、見回りの看護婦さんがやってきた。なんと、またして も聖奈さんだった。そうか、そういえば日勤深夜だっていってたもんな。日本の 看護婦さんたちは労働条件が悪いんだなあ。寛子ちゃんは、またこっそりと僕を 手の中に隠した。 「早川さん、もうこんなに遅い時間よ。」 聖奈さんは床頭台の上の時計を指さした。 「消灯時間から4時間オーバー。これは新記録ね。ふふ。だけどさすがにもう寝 る時間だわ。」 「はあい」 「電灯を消すわよ。おやすみなさい。」 「はい。おやすみなさあい。」 聖奈さんは明かりを消していってしまった。寛子ちゃんは手の中の僕にひそひそ 声で話しかけてきた。 「もう寝た方がよさそうね。」 「そうだね。お話しの続きは、また明日の朝にでもゆっくりできるさ。」 「うふふ」 寛子ちゃんはハンカチを折りたたんで床頭台の上においてくれた。僕のための布 団だ。薄手のハンカチだけど、病室の温度は調整されているので全然寒くない。 こんな小さな気配りにも、僕の胸はじんと熱くなった。 「どうかしら?こんなお布団でも寝られそう?」 「十分だよ。とっても快適さ!」 「良かった。じゃ、おやすみなさい。」 「うん。じゃ、また明日ね。」 僕はハンカチの布団を被って横になった。でも、気持ちが高ぶってなかなか眠く なれなかった。  どのくらいたってからだろうか、寛子ちゃんが声を掛けてきた。 「・・・北郎君?」 「ん?な、なんだい?寛子ちゃん」 「眠ってた?」 「ん、いや、まだ起きてたよ。」 「寒くない?」 「え?」 全然寒くはないけどなあ・・・ 「・・よかったら、こっちへ来ない?」 「え?」 「今日は涼しいから、ハンカチ一枚じゃ寒いと思うわ。」 寛子ちゃんは少し恥ずかしそうにネグリジェの前ボタンを外した。 「・・わたし、寝相はいいのよ。」 僕は狼狽してしまった。 「い、いいの?」 「もし、北郎君が良ければね。」  僕は床頭台の上のハンカチから抜け出して、寛子ちゃんの胸元に滑り込んだ。  ぽかぽかでふかふかな寛子ちゃんの胸の谷間で、僕は夢見心地になっていた。 昨晩、小泉杏奈が仕掛けてきた様々なエッチな悪戯でも、こんなにどきどきする ことはなかった。 *****  あたりがぼんやりと薄明るくなったころ、僕は寝苦しくて目が覚めた。暑い。 とても寝ていられない。どうしてこんなに暑いんだろう? 「!」 そうだ。僕は寛子ちゃんの胸元で寝ていたんだ。僕が暑いのは、寛子ちゃんが熱 いからだ。じっとりと汗ばんでいる。尋常ではない熱さだ。僕は慌てて胸元から 飛び出し、寛子ちゃんの右の耳元に駆け寄った。 「寛子ちゃん!大丈夫?」 寛子ちゃんは答えない。意識がないんだろうか?荒い息をつくばかりだ。昨日、 透き通るように白かった顔が、薄明かりの中でもはっきりとわかるほど紅潮して いる。凄い高熱が出ているのだ。そうか、それでこんな暖かい部屋なのに「涼し い」っていってたのか。気づかなかったなあ。ともかくこれは大変だ。  そのとき、廊下に人の気配がした。聖奈さんが懐中電灯を持って巡回に来てい たのだ。よし。なんとか知らせなきゃ。僕は再び床頭台に移動した。ええと、何 か手頃な物はないかな?見渡してみるけど、みんな大きすぎて僕の手には負えそ うにないや。ええい、じゃ、これだ。僕はブルドーザーくらいの大きさの吸い飲 みを全力で押した。えい、えい。ふう、重いな。でも、頑張らなくちゃ。えい、 えい。おっ、少し動いたかな。よし、もうちょっとだ。えい、えい、えい、え い。がちゃあああん。吸い飲みが床に落ちて割れる大きな音がした。 「どうしたの?早川さん。」 物音を聞きつけて、廊下から聖奈さんが病室に入ってきた。やった!作戦成功。 僕は急いで物陰に隠れた。 「早川さん・・・あれ?早川さん、早川さん!まあ!これはたいへんだわ!」 寛子ちゃんの様子をみて聖奈さんの顔色が変わった。慌ててナースルームにコー ルする。 「ぷち。どうなさいました?」 「た、たいへんです!707号室の早川寛子さんが急変!すぐに当直の岩崎先生を お呼びして!」 ばたばたと看護婦さんたちが慌ただしく動きまわる中、ほどなく当直医の先生が やってきた。 「どうしたの?」 「急変です!」 「バイタルは?」 「体温は39.4度、意識は3の1、で」 「レートは?」 「それが、ドゥルックが触れないんです・・・」 当直医の先生は手早く寛子ちゃんを診察し始めた。 「敗血症性ショックだな。ちっくしょう!なんとかしのいできたのに、こんなと ころで感染かぶっちまうなんて。誰が菌を持ち込んだんだ?」 え?感染症?誰が菌を持ち込んだって? 「ともかく、すぐにモニターつけて」 「はい」 「逆ファウラー」 「はい」 「酸素はベンチで全開」 「はい」 「CVもとるよ。」 「は、え?・・で、でも、プレートが・・・」 「ショックなんだ。末梢じゃ管理できないよ。一か八かやるしかないさ。ジャグ ラーで行く。出血したらご免なさいだ。アローのダブルルーメン18Gを持ってき て!」 「はい!」 看護婦さんたちは一斉に備品を取りに出ていった。 「・・・そうだ、念のため血液浄化療法部にも一声掛けとこう。吸着が必要かも しれないからな・・・」 当直医の先生も慌てて飛び出していった。急変した患者を病室に一人だけ残して はいけない、ってのは診療上の鉄則なんだけど、深夜や明け方にばたばたしてる ときは往々にしてあるんだよね、これが。でもそんな初歩的なミスを犯してくれ たおかげで、僕はまた寛子ちゃんの枕元に行くことができた。  誰が菌を持ち込んだのかって?僕かな?僕のせいなんだろうかな?僕が消毒も 受けないでこの無菌室に潜り込んできたりしたから、抵抗力の弱っている寛子 ちゃんに外界のバイ菌がうつってしまったのだろうかな?もしそうなら、僕が寛 子ちゃんを殺そうとしているようなものだ・・・ごめん。ごめんよ。許してくれ よ。だから死なないで。お願いだよ、寛子ちゃん。これから危険な治療が始まる らしいけど、頑張って、乗り越えてくれよ・・・僕にできることは祈ることしか ないんだ。  ・・・いや、あるぞ。僕にできることは、まだ、他にもある。 「寛子ちゃん、必ず、必ず、僕が君を助けてみせるからね。」 朦朧とした状態の寛子ちゃんの前で約束すると、僕は意を決して再び床頭台に移 動した。 ***** 「ぷるぷるぷるぷる、がちゃ、ふわああい、もしもしい、どなたですかあ?」 志都美は明らかに寝ぼけているようだ。 「もしもし。僕だ。北郎だ。」  「ふえ?・・え!?お、お兄ちゃん?ちょ、ちょっと、今どこにいるのよ?みん な、とっても心配しているのよ!」 「それについては、今はまだ言えない。」 「どうしてよ?」 「どうしてもだ。それよりも志都美、お願いがある。」 「なあに?」 「これから僕がいうことを良く聞いて、それを実行して欲しいんだ。」 「え?」 「お願いだ。志都美がやってくれないと、僕は元に・・いや家に戻れないんだよ。」 「ううん、なんだか良くわからないけど、とても大切なことみたいね。で、何を すればいいの?」 「受毛大学付属病院血液内科病棟707号室の床頭台の上にあるハンカチをもらっ てきて、それを僕の部屋に置いて欲しいんだ。」 「どういうこと?それっていったいどういう意味があるの?」 「ごめん。これ以上の説明はできないんだよ。だけど志都美がこれをやってくれ なきゃ、僕は家に帰れないんだ。」 「ふうん。・・・わかったわ。じゃ、言われた通りにやってみる。受毛大学付属 病院血液内科の」 「707号室の床頭台の上だ。そう、そのハンカチはたたんであるけど、決して広 げてみてはいけないよ。」 「OK。それで、そのハンカチをもらってきたら、お兄ちゃんの部屋のどこに置け ばいいの?机の上でいいの?」 「い、いや、それは困る。そうだな、部屋の隅に古ぼけたランプが置いてあるん だけど、わかるかな?」 「わからないわ。」 「僕の部屋で探してみればすぐわかるよ。そのランプの近くに置いてくれ。それ から、」 「それから?」 「僕から電話があったこともまだ誰にも言わないでくれよ。お願いだ。」 「了解」 ぷつんと電話は切れた。なんだかんだいっても志都美は頼れる妹だ。ここも言う とおりに動いてくれるだろう。それを信じるしかない。僕は全力で巨大な携帯電 話のスイッチを切ると、引き出しから這い出して床頭台の上に置いてあるハンカ チの中に潜り込んだ。 ***** 「まったくこんなたいへんな時に、いったいどういうつもりなのかしらね?」 聖奈さんがぶつぶついいながら病室に戻ってきた。同僚の看護婦さんが、寛子 ちゃんの脈を計りながら話しかける。 「聖奈さん、どうしたの?」 「それがね、病棟の受付に中学生の女の子が尋ねてきて、この部屋にあるハンカ チを取ってきてくれっていうのよ。」 「どういうことかしら?」 「全然わからないわ。それでね、今たてこんでるから後にしてって言ったのよ。」 「それはそうね。」 「ところがダメなの。ハンカチをくれるまでは帰らないっていうのよ。」 「変な子ねえ。でもハンカチならその床頭台の上にあるわよ。」 「あ、ほんとだ。不思議ね。その中学生の女の子も、ハンカチは必ず床頭台の上 にあるはずだって言ってたのよ。」 「何だか気味が悪いわ。」 「ともかくこのハンカチを渡して、早めに帰ってもらった方がいいかしら。」 「そうね。」 志都美、上出来だよ、ありがとう。ハンカチの中で2人の会話を聞きながら、僕 は志都美に感謝した。  病室から廊下に出たら、看護婦さんのけたたましい叫びが聞こえた。 「せ、先生!早川さん、下顎です!」 「じゃ、すぐに7フレのチューブとマギー鉗子を」 「サーボBしか空いてませんが?」 「上等だ。とりあえずそれでつなごう。」 「はい!」 どうしたのかな?よくわからないけど凄い緊迫感だ。これは一刻も早く家にたど り着かなきゃ。 *****  ぎゅうぎゅうだ。僕は、今、志都美のセーラー服の胸ポケットの中にいる。 ぎゅうぎゅうと僕の身体全体を押しているのは志都美の胸の膨らみだ。ひええ、 こいつ、まだ子供だと思ってたのに、いつの間にこんなにおっぱいが大きくなっ ちゃったんだ。別に僕がこびとになったからだけではなさそうだな。我が妹は少 女から女へと変身しつつあるのか。感慨深いよ。だけど、だいあなのおっぱいに 比べたら随分と柔らかさが足りないな。発展途上だからだろう。蕾の感触ってや つだ。ちょっと良いかな。いやいや現実問題としては居心地が良くないよ。家に 連れて帰ってもらっているんだから、贅沢はいえないんだけどさ。  ふいに圧迫が止んだ。志都美がハンカチを胸ポケットから取りだしたんだ。僕 は振り落とされないよう、しっかりとハンカチの布地を身体に巻き付けた。すぐ に僕の身体はハンカチごと床に降ろされた。妙に丁寧な扱いだった。 「じゃあ、お兄ちゃん、ハンカチはここに置くよ。どういう意味があるのかわか らないけど、約束は果たしたからね。だからお兄ちゃんも、約束通り必ず帰って きてね。私はもう時間だから学校に行くけど、帰ってくるまでには必ず家に戻っ ていてね。お願いよ。」  ずしん、ずしんと重い足音が去っていった。まさか志都美は僕がこの中に隠れ ているなんて、気づいてなかったよね? *****  ともあれ万事手筈どおりだ。僕は志都美が部屋から立ち去っていったのを確認 してから、ハンカチの外に這い出して、ランプの横に立った。あの僕が骨董屋か ら買ってきたランプだ。でも、今の僕には小さな家くらいの大きさに見える。う へえ。いやいや、ぐずぐずしちゃいられないぞ。すぐにだいあなを呼び出そう。 そのためには、このランプに向かっておなにいしなくっちゃいけないんだった な。うーん、今日はいやらしいイラストは使えないし、じゃ、想像力で頑張って みよう。おかずは、小泉杏奈・・ひええ、とんでもないや。優奈ちゃん・・冗談 じゃないね。聖奈さん・・いまいちかなあ。じゃ、寛子ちゃんは?・・だめだ め、寛子ちゃんをそんなことに使うのは良心が許さないや。どうしよ?・・・し ようがないな、さっきの志都美の胸の感触でも反芻してみるか。ごしごしごし、 志都美の胸、大きかったなあ。ごしごしごし。僕の身体全体をぐいぐい押してく るんだもんなあ。ごしごしごし。巨大な妹の膨らみかけた乳房に圧迫される無力 で小さな兄。あああ、倒錯してる。「乙女座の少年」に通じるものがあるね。女 装はしてないけど。ごしごしごし。あ、ちょっといい気分になってきたぞ。ごし ごしごし。やっぱりノーマルじゃない世界ってわくわくするな。ごしごしごし。 あ、来るぞ、来る、来る、来る、おおお、どぴゅ!  しまった!!僕は小さくなりすぎていたんで、飛行距離も短くなっちゃったん だ。ランプに届かず床に着地しちゃった。万事休すか。僕は思わず駆け寄って、 ランプを両手でどんどんと叩いた。 「だいあなさん!お願いだよ!出てきてくれよ!お願いだよ!」  そのとき、急に目の前にぼわわわわあんと白い煙が上がると、僕の身体はぐん ぐん上空に持ち上げられた。うわあ、どうしたのかな?煙が晴れて、僕はようや く状況を把握した。僕はおっぱいの大きいセクシーなおねえさんの手のひらの上 に立っていたのだ。 「坊や、おひさしぶり。元気だったみたいね。ちょっと届かなかったけど、特別 におまけしとくわ。」 やったあ!だいあなだ!これでまたお願いができるぞ。まず僕の身体を元の大き さに戻してもらって、で寛子ちゃんを元気にしてもらって、それで、おっと忘れ ちゃいけない念願の世界征服だ。えーと、一つ、二つ、三つ、ちょうど三つか。 もう一つも無駄にはできないな。もみもみとか、ぺろぺろとか、ぱふぱふとか頼 んでいる場合じゃないぞ。 「だいあなさん!早速お願いがあるんだよ。」 「待って、坊や。」 だいあなは、いつものように腰をくねくねさせながら僕の言葉を遮った。 「坊やが私を呼び出したのはこれが2回目ね。だから、今度は一つしかお願いを きいて上げることができないわ。」 「ええ!!」 「ふふふ。そしてね、これが坊やの最後のお願いになるのよ。」 「ど、どういうこと?」 「一人が私を3回も呼び出すことはできないのよ。」 額から血の気が引いていった。これが最後のお願い?お願いは3つあるんだ。そ のうち1つしかきいてもらえないんじゃ・・・どうしたらいいんだろう?世界征 服はともかく、残りの2つはどっちも大切なお願いなのに・・・ 「さあ坊や、お願いはなあに?」 「・・・・」 「一つもないの?じゃ、私はランプに帰るわ。」 「待って!待ってよだいあなさん・・・・寛子ちゃんの、寛子ちゃんの病気を治 してあげて!」 「え?」 「寛子ちゃんが、病気で入院してる寛子ちゃんが死にそうなんだよ!だから、だ いあなさんの力で、寛子ちゃんを元気にしてあげて欲しいんだよ!」 「坊や、そんな他人のことなんかかまっている場合なの?坊やが元の大きさに戻 らなくてもいいの?」 「・・・う、うん」 「一生、こびとのままよ。」 わかってる。こんなちっぽけな身体が、虫みたいな、玩具みたいな身体が、どれ ほど情けなく惨めなものか今の僕には十分にわかっている。優奈ちゃんや杏奈に 散々いたぶられて、その惨めさは骨身にまで滲みたよ。何をおいても、一刻も早 く元の大きさに戻りたい。・・・だけど、だけど・・それで寛子ちゃんが元気に なれるんだったら、僕はそれでもいいよ。この身体のまま、なんとか頑張ってい くよ。 「いいよ。僕はこのままでいい。」 だいあなは僕を見下ろしてにっこりと笑った。 「坊や、大人になったわねえ。」 そして僕を足元におろすと、ゆっくりとささやいた。 「わかったわ。じゃ、お願いをきいてあ・げ・る。」  次の瞬間、だいあなの身体から再びぼわあっと白い煙が吹き出した。僕は煙に 巻かれて視界を失った。 「ごほんごほん」  煙が晴れたとき、だいあなの姿は消えていた。そして、僕は自分の部屋に帰っ ていた。いや、元から自分の部屋にいたんだけど、それまではそう思えなかった んだ。だって周りの家具がみんな大きすぎたから。今はほら、見慣れた部屋の風 景だ。・・・あれ?ということは、あっ、元の大きさに戻っている。僕は慌てて 周囲をもう一度見渡した。いつもと変わらない僕の部屋だ。  どんがんどんがん。扉を叩く音がした。 「おにいちゃん、おにいちゃん、いるの?いるんでしょ?開けるよ。」 志都美が部屋に入ってきた。 「おにいちゃん、やっぱりいたのね。返事くらいしてくれたっていいでしょ。」 「あ、ああ」 「早く準備してよ。今日は一緒に映画を見に行くって約束したじゃない。」 「え?し、志都美、今日は何月何日だい?」 「なに寝ぼけたこと言ってるの?11月10日に決まってるでしょ。ほら、急いで よ。もう6時になっちゃったわ!」 11月10日?午後6時?それはこびとにされたときの日時じゃないか! 「志都美、ごめん、急用を思い出したんだ。僕は映画にいけないから。あ、それ とお前のペンケース、机の上に置いてあるぞ。」 それだけ言うと、僕は慌てて部屋から飛び出した。背中で志都美の不満そうな声 が聞こえた。 「もう、ひどいわ、お兄ちゃんったら!ふん、いいもん。杏奈ちゃんを誘って いっちゃうもん。」 *****  僕は急いで受毛大学医学部附属病院に駆けつけた。 「寛子ちゃんの、早川寛子ちゃんの具合はどうですか?」 僕は病棟の受付で看護婦さんに呼びかけた。答えたのは夜勤で出勤中の聖奈さん だった。 「早川寛子?そんな患者さんはいないわよ。」 「そんなはずないよ!無菌病室の、707号室に入院している寛子ちゃんだよ!」 聖奈さんはにこっと笑った。 「勘違いじゃないかしらね。ほら」 聖奈さんは受付から身をのりだして無菌病棟の方を指さした。 「うちの無菌病棟は706号室までしかないのよ。」  僕は信じられない思いで、その指さす先へ行ってみた。  本当だった。自動ドアの向こう側の707号室があるはずの場所は、壁で仕切ら れて行き止まりになっていた。 *****  何事も変わりなく、日常の生活が再開された。  小泉杏奈は、僕がこびとだったことなんか覚えていないようだ。妹の優奈ちゃ んも覚えていないだろう。当然と言えば当然である。僕がこびとだった期間、す なわち11月10日の夕方から11月13日の朝までの時間は、消滅してしまったのだ。 僕はこの時間をまたやり直している。もちろん、普通の中学生としてだ。以前ま でと変わりなく。いや、世界征服をする野望は、なんだか失せてしまったかなあ。 「せんぱあい!」 2度目の11月12日の放課後、帰宅しようとする僕の背後から、杏奈が走り寄って きた。 「先輩。なんだか昨日から冷たいじゃないですか。」 「あ、ああ。」 「何か、私、気に障るようなことでもしました?」 「ん?い、いや、別に。」 僕はいつものようにまとわりついてくる杏奈から視線をそらした。 「先輩、変です。何か隠してる。」 「いや、何も。」 「じゃ、先輩」 杏奈は鞄からチケットを2枚取りだした。 「今度の土曜日、一緒に映画を見にいきませんか?一昨日は志都美ちゃんと2人 で行ったんだけど、女の子同士じゃ、なんだか物足りなくって、」 杏奈は上目遣いに僕の表情を伺った。その視線が、こびとだった僕をなぶりもの にした視線と重なった。僕はこれ以上、杏奈の近くにいることが辛くなった。 「ごめん。誰か他の人を誘ってみてくれ。僕は帰るよ。じゃ。」 僕は呆然として立っている杏奈をそこに残して駆け出した。  独りになりたかった。  寛子ちゃんはどうなってしまったんだろう?   このやり直しの時間の世界には、病気で苦しんでいる寛子ちゃんはいない。だ から、少なくとも寛子ちゃんが病気で苦しむことはなくなったんだ。病気から解 放されたといえるのかもしれない。だけど、だけど、僕は寛子ちゃん自身を消し てくれとは頼んでないよ。病気を治してくれって言っただけだよ。ひどいじゃな いか、だいあな!  涙が、ぽたぽたと伝い落ちてきた。   本屋さんの前を通りかかったとき、ふと思いついて中に入った。少女漫画の単 行本の書棚を探す。あった。庄司陽子著「ガイアの娘」。寛子ちゃんのベッドサ イドに置いてあった本だ。  懐かしい。  僕は「ガイアの娘」第3巻を買って、本屋さんを後にした。 *****  11月13日。今日の朝の9時ころで、僕のやり直しの時間もおしまいだ。といっ ても特に感慨もない。何事もない、全くの日常が繰り返されていたからだ。  僕は席について、ホームルームの始まるのをぼんやりと待っていた。9時だ。 やや定時より遅れて、担任の先生がやってきた。後ろに誰かを連れてきている。 その姿を一目見て、僕の心臓は逆さまにひっくり返った。 「今日はみなさんに転校生をご紹介します。今日からこのクラスに入る、早川寛 子さんです。」 「早川寛子です。よろしくお願いします。」 寛子ちゃんだ。随分顔色はいいけど、間違いない、寛子ちゃんだ。 「それでは、席は、えーと、じゃ、東九条君の隣に座ってもらおうかしらね。」 先生はそれだけ言うと教室から出ていってしまった。寛子ちゃんは隣の席につく と、僕ににっこりと微笑みかけてきた。 「早川寛子です。よろしく。あなたのお名前は?」 「ぼ、僕は、北郎。東九条北郎だよ。寛子ちゃん、覚えてない?」 「うーん、私たち、今までに逢ったことはないと思うわ。」 そうか、やっぱり寛子ちゃんにも記憶はないのか。 「身体の具合はどう?」 「いたって元気よ。うふふ、私、自慢じゃないけど、健康だけは取り柄なの。」 良かった。やっぱりだいあなは約束を守ってくれたんだな。僕のことを覚えてい てくれなかったのは残念だけど、そんなことは大したことじゃないや。・・・待 てよ、でも、もしかしたら・・・僕は鞄の中から「ガイアの娘」の単行本を取り だした。 「寛子ちゃん、こ、これ、読んだことある?」 寛子ちゃんの目が丸くなった。 「あら、それなら私も持ってるわ。」 寛子ちゃんも自分の鞄の中から「ガイアの娘」第3巻を取りだした。 「これ面白いのよね。北郎君と趣味があっちゃった。」 寛子ちゃんはにっこりと笑った。笑うと両眼がなくなりそうだ。 「私たち、いいお友達になれそうね!」 ふふふふふ。そのとき背後で笑い声が聞こえた。ふりむくと、だいあなの姿がゆ らゆらと虚空に浮かんでいた。 「だいあなさん!」 「ふふふふふ、坊や、寛子ちゃんを大切にするのよ。」 「うん。もちろんさ。どうも有り難う。」 だいあなは悪戯っぽくウインクをすると、ふっと消えてしまった。 「だあれ?誰とお話ししてるの?」 寛子ちゃんがいぶかしげに尋ねてきた。だいあなの姿は僕にしか見えなかったら しい。 「いや、なんでもないよ。独りごとさ。」 「ふうん、変なの。」 寛子ちゃんは首を捻った。説明したってどうせ信じてはもらえない。この妙な数 日間の思い出は、ずっと僕の心の中だけに秘めておこう。  その後、だいあなは2度とランプから現れることはなかった。  中学校3年生、秋の出来事だった。 北郎少年の冒険・終