リィンフォーサー第二部、オッドジョブス・ローンド編 主要人物 エスタ・リーガン(17)…主人公。世界中でも数少ない異能者・鎧剣使い(リィンフォーサー)。             故郷、友人等を全て失い、成り行きからオッドジョブス・ローンドの一員と成る。             人前では明るく前向きだが、異能者である自分が周囲を不幸にしているのではないかと思っており、余り人と深             く関わらない様にしているらしい。 アスター・ローンド(37)…オッドジョブス・ローンドのリーダー。              異能者ではないが、並の断罪官程度であれば楽に勝てる程の実力者。              リーダーでありながら、担当は大剣を使っての前衛。 スネーク・グリーン(30)…オッドジョブス・ローンドの一員。              ひょうひょうとしていてノリも軽いが、アスターの右腕的存在で実力は高い。              槍と弓の使い手で、中衛から後衛まで幅広く戦える。 ベロニカ・エルム(28)…オッドジョブス・ローンドの紅一点。             異能者・治療師(ヒーラー)である為、表情と年齢を失っている。             本人曰く、「私はとても感情的」らしい。 レアード・ブルネーゼ(27)…世界政府の若きエリート断罪官。               エスタに命を救われており、何かと協力してくれる。 前話までのあらすじ 全てを失った異能者エスタは何でも屋「オッドジョブス・ローンド」のリーダー、アスターに付いて故郷を離れた。 初めての世界、其れは彼には無限にも思える程広く、また不安であった。 第一の目的地、交易都市ザガイルで出会った二人の仲間。 同じ異能者である治療師(ヒーラー)ベロニカと、裏表の在る戦士スネーク。 ベロニカから仲間と組織について聞き、正式にオッドジョブス・ローンドの一員として自覚するエスタ。 果たして世界は彼にどんなモノを見せるのか? …といった前話。 今回は揃ったメンバーの中から、治療師ベロニカの能力に焦点を当てた話で御座います。 では本編をどうぞ… 第二話・ベロニカの秘密 「うぅ…朝か…」 窓か射す陽光で目を覚ましたエスタ。 其の陽光がかつてのものとは違う事にも、此の町に着くまでに慣れてしまった。 「…ん…未だ四時じゃん…」 陽光の違いには慣れても、狩りをしていた頃の早起き癖は未だ抜けていないらしい。 「ちょっと散歩でもするか…」 瞼を擦りながらのそのそと起きると、異能者の若者は宿を出た。 外は此の辺りの気候か、蒸し暑い。 「んっーー…っはァ!!しっかし…やっぱ何度見てもひたすら大きい町だよなあ…交易都市って言う位だから発展もするんだろうけど…に  しても大き過ぎる!今の内に観て周るかな…どうせ出発は未だだろうし…」 「ンなこた無えぞ。あと一時間で出発だぜ?」 「おおわ!?」 突然エスタの左耳に飛び込んできた声、スネークだった。 「スネークさん!?びっくりした…驚かさないで下さいよ。」 「はは、ワリィワリィ。ンでもよ、マジで出発の準備した方が良いんじゃねえの?アスターさんもベロニカちゃんも準備終わってんぜ?ま  あ、当然俺もだがな。」 「げえ!!甘く見てました!!すんません!!」 大慌てで部屋に走る主人公。 どうやら世界的に有名な傭兵とも成ると、其所其処等の狩人等よりも活動開始が早い様だ。 20分で準備を終え、全速力で宿の裏に在る馬車の停留所に走った彼を待っていたのは… 「あら、早いのね。そんなに先に進みたいの。」 ベロニカであった。 やはり彼女もエスタ等より早くから活動している。 「はあ…はあ…え…?早い?」 「ええ。出発まで未だ30分以上有るのに。熱心ね。」 どうやら時間はスネークの言った通りの様だ…が、別にベロニカやアスターが待っていたり、そうでなくても一刻を争う様な状況ではない 様だ。 「(軽くおちょくられた…)」 思えば、昨夜のベロニカの発言からして彼女と二人で長々と一つの部屋に居た事が気に食わなかったのかもしれない。 「…スネークが何かしたのね。全く、仕方の無い人。」 相変わらずの淡々とした口調でベロニカが言う。 表向きの表情が失われている為に分からないが、内心では笑っていそうだ。 「まあいいわ。所で、昨日は私ばかり話して御免なさい。貴方の話をまるで聞いてなかったわね。」 「別に構いませんけど…皆さんの事は色々聞けて嬉しかったですし!何も知らない侭に一緒に働くのは何か微妙ですからね!」 昨夜、ベロニカに依るオッドジョブス・ローンド講義は三時間以上掛けて行われただけあって、内容は緻密で多かった。 アスターが単独で何でも屋を興した事からスネーク、ベロニカ自身、そしてエスタが入る過程や原因等、組織の裏情報に至るまで散々に聞 かされたのだ。 御陰様で一晩の内に大体の人間関係や人物像、組織の方向性を新人異能者は知る事が出来た。 アスターは豪快ながら作戦遂行時は誰よりも冷静に状況判断が出来る人間であったり、スネークも普段と任務時では周囲の空気からして別 人の様で、槍と短弓を器用にこなす強力な戦士であったり、組織には世界政府の中枢都市で働いて情報流す役割の人間が一人居たり、今迄 に遂行してきた仕事の内容と其の過酷さについてだったり…をだ。 「そう、なら良かったわ。じゃあついでにもう少し私の話、聞いて頂戴。大丈夫よ。未だ20分は有るわ。」 昨日と言い今と言い、此の多弁振りだ。 本来のベロニカは本当にお喋り好きな感情豊かで明るい性格だったに違いない。 そう思うエスタに、彼女の二度目の長話モードをチェンジ若しくはストップする事は出来なかった。 「貴方、治療師について何れ位知っているかしら。」 「え?傷を回復させたり出来る異能者で、鎧剣使いが政府の断罪官として仕えると同じ様に教会に仕えている…位ですね。今迄会った事無  いもんでちょっと分からないです。其れがどうかしたんですか?」 途端にベロニカは黙ってしまった。 「ベロニカ…さん?」 「…御免なさい。自分から言っておいて黙るなんてダメよね。話すわ。」 ベロニカの口調がアレだけに、今一伝わり難いが暗い話の様だ。 「一人の治療師が癒せる人間って何れ位だと思うかしら。」 「え…聞いた話だと軽く10万人は癒せるとか何とか…」 「そうね。世の中ではそう認知されているわ。でもね、実際は限度なんて無いの。」 「ええ!?そんな事は無いですよ!此れも聞いた話なんであんまり説得力無いかもしれませんけど、或る治療師は9万と4、5千人位癒  して力を使い果たして、亡くなったらしいじゃないですか!」 「ええ、確かにルマナは死んだわ。でも其れは力を補給しなかったから。現に私は修道院時代から今迄…およそ十五年かしら。其の中で約  十二万人。アスターやスネーク、其の他其の場限りの仲間として組んだ人達や、依頼遂行中に巻き込まれた人々の分も合わせて十三万回  以上は能力を使っているもの。」 死んだ治療師はルマナと言うらしい。 しかし其れよりも「力の補給」と言う言葉の方がエスタには引っ掛かった。 「力…詰まり癒す為の媒体となるエネルギーは補給出来るんですか!?でもどうやって?しかもじゃあ何でルマナさんは補給せずに死んだ  んですか?」 「彼女は誰よりも優しかったから。どうやるかは…」 「おーい、待たせたな!」 不意に会話を打ち消す大声。 アスターだ。 「…また今度話すわ。」 「ええ〜あと最後って所迄来て中断ですか!?凄い気になりますよ!」 エスタの話等聞く耳持たずと言った感じでベロニカは立ったまま黙ってしまった。 無表情を何だかんだで上手く利用したりもしている様だ。 「ベロニカとは随分打ち解けたみたいだな。あいつは異能者ってだけあって人付き合いが難しい…お前みたいなのは貴重な人材だ。あいつ  と仲良くやってやってくれよ!」 「は、はい…(空気読んでくれよ…)」 結局肝心の部分を聞き出せない侭、出発を迎えてしまった鎧剣使いの少年。 仕方も無いので荷物を纏め、荷馬車に乗り込む。 「こっからは長いからな。エスタは暇潰しに親交でも深めとくと良い。」 そう言って運転席に消えたアスターだが、正直エスタは乗り気でない。 昨日から散々ベロニカの話を聞かされているし、スネークは隙有らば苛めようと企んでいる。 親交は或る意味で深まっていた。 「おい、ルーキー。」 不意にスネークが口を開く。 どうやら間誤付いて会話を開始しないエスタを待ち切れなくなった様だ。 「…何ですか?」 「何ですかじゃねえよ。ボスが親交深めろっつてただろ?何か話そうぜ?」 「はあ…じゃあスネークさんについて訊いて良いっすか?」 スネークについては昨夜、ベロニカから大体は聞かされていたが、エスタは無難な辺りで会話を済まそうと思ったのだ。 「…」 エスタの右隣のベロニカはちらりと彼を見たが、直ぐに視線を正面に戻した。 「俺について?別に面白くねえぞ?フツーにアスターさんに拾われて一緒に仕事こなしてきただけだかんよ…それよりもよ、お前の話でもしてくれよ。鎧剣使いって実際どう  とかよ、ネタは沢山あっだろ。」 あっさりとエスタのターンは終わり、即座に返される。 こうなってはもう逃げられない。 「俺っすか…気が付いたら此の能力は持ってたんすけど、親父に言われてずっと封印て言うか…使わない様にしてたんですよ。使ったらマズいって事で。」 「やっぱか。フリーの鎧剣使いなんざそう居ねえからな…」 「ほとんどの鎧剣使いが政府の断罪官にさせられてるって知ったのは親父が死んだ頃ですね。同時に独りで生きてかなくちゃいけなくなったんで、使い所を考える様に成って  …どうにかバレずに此の前迄は過ごしてました。」 「肩身狭かったんだな…ところでよ、お前の能力には限界って有るのか?」 「ええ、そりゃまあ…大体は十分に休めば大丈夫ですけど。精神の限界が能力の限界って感じです。」 「ふーん…そりゃ気楽なモンだな。」 スネークの表情が突然暗く成る。 「…どうしたんすか?」 「あ?ああ…ほら、ベロニカちゃんのは…アレだからさ。」 「スネーク、彼は未だ其の話を知らないわ。」 ベロニカが口を開く。 「え?マジで?ワリィ…」 「…どうせ何時かは知る話だから構わないわ。そうね、いっその事此処で話す事にするわ。」 「あ、さっき途中で終わった彼の話ですか。」 「そうよ。治療師の能力の裏側。先ずそうね、癒しの力の媒体って分かるかしら。」 今朝の話でも出て来た言葉、「力の媒体」。 其れが再びエスタの耳に入る。 「そうっすね…やっぱり神様とかの神秘の力…とかじゃないっすか?」 「そんな綺麗な話なら素敵ね。残念ながら全然違うけれど。」 其の口調も相俟って、ベロニカの言葉がエスタに痛く突き刺さる。 「生命を繋ぐ力。其れはやはり生命の力なの。分かるかしら。要は人の命を繋ぐ力の媒体は別の人の命なのよ。」 「命の力…まさか…」 「其のまさか。私は殺した人間の生命力を自身の中に蓄え、其れを流しているだけに過ぎないわ。人間の体は便利なものね、生命力さえ流せば大体は治るんですもの。治癒力  、免疫力、抵抗力等が活性化されるから。治療師の力は其の生命力を相手に分け与える力。基本的に其の生命力は一般人と変わらないけれど、自身の生命力を放出した地点  から数百倍に増幅させる事が出来るから、一人の治療師は多くの人間を癒せる。でも限界は当然在って、其れを越える事はイコール死を意味するわ。そう成らない為には…  生命力を『補充』すれば良いのよ。生命力を操作するのが治療師の本当の力と言うべきかしらね。」 「じゃあ!ルマナって治療師が死んだのは其の『補充』をしなかったから…」 「そう言う事。治療師は外見上の成長が停止するから、傍目には消耗が分からないのよね。結局、彼女は死ぬ迄ずっと人を癒し続けて、死んだ直後に突如干乾びたそうよ。」 「…」 余りの衝撃に、エスタは言葉を失った。 今迄、鎧剣使いとして苦しんで来た自分が世界で一番不幸だと思っていた。 世間に怯え、能力に怯え、最近は周囲を失った。 しかし、今、彼の目の前に居る女性はもっと不幸だと思った。 仲間の為、人々の為にと自ら命を文字通り『奪い』、周囲には感謝される聖なる存在として生き続ける… 裏では己の中に奪った生命力が在る事に耐え、決して聖なる存在では無い事を自覚しているが故に、其の言葉に苦しみ、只管罪悪感だけを溜め続ける… 確か、ベロニカは十三万くらい癒したと言っていた。 本来の治療限界は約十万。 其れは自身の生命力を増大させ、全て使い尽くした場合だ。 十三万回力を使うのに、彼女は一体何れ程の命を刈ったのだろうか? 考えるだけでエスタの背筋を何か冷たいモノが走る。 「…」 「…やっぱ衝撃だよな。まぁ…そんな人生歩んでるのも居るってこった。しっかり覚えとけよ?」 すっかり落ち込んだエスタを見兼ね、スネークは少しフォローをすると、ベロニカに目で合図をした。 ベロニカは其れを受けてエスタの真正面に移動し、彼を優しく抱いた。 「…すいません…俺…言葉が見つからなくて…」 「いいのよ。貴方だって苦しんで来たのは分かるから。周囲を全て失った貴方の方が私より不幸だと思う。お互いに乗り越えて生きましょう。」 口調の所為で若干感動が揺らぐが、エスタはベロニカの気持ちを受け止めた。 そして、仲間として彼女を支えて行こうと決心した… 「…」 背後から聞こえる会話を浴びながら、運転席のボスは黙々と鞭を振るっていた。 部下達の過去、其の全てを知る彼の胸中は誰も知らない… 第二話・ベロニカの秘密…完 第三話・エスタの戦いに続く…