過澄原三科がその山に足を踏み入れるのは今回が百回目の事であり、最初の時もまた、今回の様に鮮やかな紅葉が見られる季節だった。  周囲の情景から浮き上がるような黒のスーツに身を包んだ過澄原は、追い詰められた様な表情でその山の奥へと足を踏み入れた。  百度目に訪れるその場所で、可澄原は一人の奇妙なモノと出会う事になった。 「ハッ!シンキクセェナ!」  と、それは可澄原の悩みを一笑する。 目立つのは光で形成された巨大な処刑鎌。刃先は闇で形成された人型の胸に突き刺さっている。ソレの四肢を封じるのは青い光の杭。ただし、このれらの杭はソレの動きまでを封じている訳では無い為、ソレの四肢は自由に動いている。 ソレを形成する闇は時折輪郭がぼやけ、拡散する寸前で元の濃い闇へと戻る。それはソレが逃げ出そうとしているのか消滅しようとしているのか可澄原には判別がつかなかったが、ソレ自体の非常識さに比べたら些細な疑問であった。 ははらはらと舞い落ちる紅葉を気まぐれに叩き落とすソレの身体は宙に固定されている。 「ナニガジンセイガオワッタモドウゼンダ、ダ!」 大仰な動作でそれは宙にふんぞり返る。 「でも…」と頼りない声は可澄原。「捕まったらきっと死刑だよ!ボク……殺すのは好きだけど殺されるのは嫌いだ!」 「ハッ!」とソレは可澄原の反論を笑い飛ばし、右腕をゴムの様に伸ばす。  一面に降り積もった紅葉に突き刺さった腕はしばらく紅葉の海の中を弄ると、一つの頭蓋骨を掴んでいた。 「ナンニンモコロシテオイテ、ミョウニヨワキダナ!」 「でも…」 「ダカラヨ、ヤラレルマエニヤッチマイナ!ロウニャクナンニョクベツナシッテヤツダナ!」  ソレの投げ遣りな言葉に、可澄原の瞳が輝きを取り戻す。 「殺られる前に…」「ヤッチマエ!」  山を去る可澄原を見届けるソレは宙に固定されていた。 「マッタクヨォ!カリニモオレハシニガミナンダガナ!」 「神…等…と言う…区分に…特別性は…無い」  ぼやけた声が死神の言葉を追って湧き出た。 「イヨゥアクマ!マダキエテナカッタカイ!」 「赤と黄の差は昼夜の気温差で決定されるらしいわね」  凛とした力強い女の声に気圧されて、声のみが辛うじて残っていた悪魔は消滅した。 「ハッ!キエルコトノデキルカトウナモノハウラヤマシイネ!」  自らの武器に囚われ、なおかつ死ぬ機能も消える機能も持たされていない死神は、少しだけ羨ましそうに皮肉を言う。 「神と言う言葉は力の有るモノを意味する側面もあるのよ、式神や狗神は神と呼ばれながらも高々人間の道具ね」 「ハッ!」  とりあえず発言を笑い飛ばすのは死神の癖であるようだ。 「テメェハニンゲンデスラナイダロウガ!!」  その死神の声が唐突に怒気を孕む。それに驚いて周囲の風が我先にと逃げ出した。  落葉が舞い上がり吹き飛ばされる。  積もっていた紅が無くなり、姿を現したのは可澄原が投棄した無数の死体、のなれの果て。無数の骨の中には、一体だけ腐っていない死体があった。 「フフ…」  死体が笑う。 「そうね、私は人でも神でも無いわね。あえて言うなら式かしら?可澄原に殺された者達の怨念を奪った最初の怨念。この体のオリジナルの意思は摩耗して残っていないもの」 「ハッ!」  死神の声には既に怒気は含まれていない。 「ノロイガサイショノイシモナクカドウシテルトハ!オゾマシイネ!」  容姿は五歳の少女のそれであるその死体は、その外見に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべる。 「あら、私の意志はあるのよ?もっと大きく強くなりたいと言う意思がね」  式の言葉を受けて、死神は大袈裟に嘆く。 「アァ!ナントオゾマシイコトダロウカ!」  妖艶に微笑む式を死神が睨めつける。 「クルッテヤガル!」  吐き捨てる様な死神の叫びを、式は笑みで受け流す。 「最初の怨念が幼かったから形が定まらなかった、ただそれだけの事なのにね。でもそんなモノなのよ。赤と黄の違いくらい些細で、決定的な違いがあるだけ。ただそれだけよ」  可澄原が人を殺める度に式の力は強化される。ただそれだけ、それだけの事。 「でも、死神さんもそれを望んだのでしょう?貴方は死を撒き散らす誘惑に抗えなくてし可澄原を追い返したのでしょう?ただそれだけ、それだけの事よ」  式を覆い隠す様に、紅葉が舞い落ちる。 「所で…紅葉って…コウヨウ…なのか?…モミジ…なのか?」 「黙れ」 悪魔は再び消えた。 「紅葉ノヨミハ紅葉ニキマッテイルダロウガ」